質問の返事
[2008年07月15日(火)]
質問1
夢を持ち続けるということは、「その道筋(階段)を上っている実感を得たい!」という欲求を次々と満たすことでモチベーションにつながるのではないのでしょうか?
返答・・・・
夢を持つのは旅行でいう目的地(大阪にいきたい)を持つことですね。もちろん目的地を決めないで東京駅に来た電車にとび乗っても移動はできますよね。しかし、それでは「どこにいくのだろう????」と、そのうち時間の経過とともに迷うことになります。
目的地を決めたらそちらに向かうことを明確にはじめられます。それを目標といいます。今回はあそこまで進むぞ!そう考えて実際行動しますが目標通りにいくことはほとんどありません。
「おもったより早く進んだり」「意外に進めなかったり」するものです。しかし、進んでいる地点を認識していれば人は安心できます。
しかし、ふと横尾を見た時に大阪に進んでいる仲間が自分より先に進んでるのをみて不安になったりもします。これは統制感が整理されていない状態です。自分の現在地を俯瞰的にで把握していないことからおこるのです。
周りを意識してしまえば「全体の中の自分の位置を意識」しますし、自分だけをみれば「東京から進んだ今の地点を意識する」ものです。他人を意識すれば不安は一生とれませんが、自分だけをみれば自己満足は満たされますが競争力に乏しくなったりします。
ようは、バランスが必要である。
「自己の成長」と「他者との統制感」(同じ尺度の自分の位置確認)をバランスよくみる意識が必要です。
モチベーションとは自己の中に起こるものです。
テンションとは他者との間におこるものです。
両方とも似てますが「テンションは一気に上がり一気に下がります」しかし、「モチベーションは徐々に上がりなかなか下がりません」それは自己の中に生まれた価値のようなものを自己欲求として満たすために努力するプロセスを支えるものだからです。
逆に誰かに勝つぞ!などは「テンションです」から勝ったとたんに冷めたり、自分が負けるとわかった時点で「冷めたりします」ようは他者に影響を受けてしまいます。
モトギさんがいわれているのは「テンション」だと思います。
モチベーションは欲求を満たす仮定を支え続けるエネルギーですから、「今回はダメ」でも落ちることはありません。
そんな感じですかね
夢を持ち続けて、なおかつ「欲求はここまで」というセーブをするイメージが湧かないのですが…。
セーブするというのは上記の他者との比較で「普通はこうだよね!」こういう会話をする人は基準が他者にあります。しかし、普通などは存在しなくひとそれぞれ違います。「タイガーの普通」と「モトギさんの普通」の意識は違います。それを第三者に押し付けても上手くいかない話は前のブログに書いた通りです。
自己の中にも同じことがいえています。
タイガーと同じ努力をしたのか?
だからタイガーのようになれない自分に悩んでいるのか?
それとも、努力もしないで自分を責めているのか?
だれを責めても解決はしません。
欲求がすべてを支配しますからそれに対して自分の中で低いバーを設定してれば他者との関係が敵味方的な感覚にはなりません。
言い方が悪いかもしれませんが・・
ユネスコ憲章の全文
「戦争とは人の心の中に生まれる。だから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」
自分の心の中に何か基準を持たないと外部に影響されてしまいます。
セイブすることで、自己を楽にするということですかね。
雑な答えですみません。
質問2
たしかに「腰の先導」忘れておりました。
「腕の三角形(あと腰のつっ立ち)」に注意しながら打ってたら、けっこう「ぶ厚い当たり」になり、2オンが増えたので、さらにピンの欲求(また欲求!)が膨らんできて、腰を忘れておりました。確かに左に出て、さらに左に曲がります。
「腰の先導」を強く意識すると、右に飛び出し、さらに意識するとフック回転もピタリとなくなり、いきなり「プッシュアウト」しますよね。
ちょうどよいバランスは「プッシュアウト」直前だと思うのですが、それでよろしいんでしょうか?
かなり「狭いゾーン」だと思うのですが、それを「腰の先導率のコントロール」で自分のものにする、
という考え方でよろしいのでしょうか?
手を使わずに腰だけで先導できれば「スクエアーなゾーン」は長くなります。手を使えばフェースがローテーションしますからゾーンは短くなります。
その証拠に「フェースがローテーションしないので右に飛び出す」のです。
腰の先導で打てるようになれば最高ですが、上記でも書いたようにすべてはバランスですから手も使っていいのですよ。
ようは結果を求めるわけですから、
本番は結果重視です。
練習はプロセス重視です。
臨機応変な対応能力が必要です。本番とは戦争です。結果が出ないと死ぬという状況であれば結果のためにすべてをおこないますよね。そこのところをよく理解して行動すれば必ず成果は出ます。
夢とは自分の中にみるものです。
価値ともいいます。
夢はそれに向かうとその過程で夢が成長したりします。
(イチローでいえば大リーグでやれるかも!とプロに入って200本打って思った)
ようは、夢には永遠に到達しない!それは夢自体が「自己の欲」なので欲とは満たされない何かを目指すのでそうなります。
人生とはその夢に向かい続ける日々の些細な行動です。どこまで進めるかは神のみぞ知るです。しかし、本人が自ら望み願望する夢に進めていれば幸せなのではないでしょうか?
雑感です。
ボス
夢を持ち続けるということは、「その道筋(階段)を上っている実感を得たい!」という欲求を次々と満たすことでモチベーションにつながるのではないのでしょうか?
返答・・・・
夢を持つのは旅行でいう目的地(大阪にいきたい)を持つことですね。もちろん目的地を決めないで東京駅に来た電車にとび乗っても移動はできますよね。しかし、それでは「どこにいくのだろう????」と、そのうち時間の経過とともに迷うことになります。
目的地を決めたらそちらに向かうことを明確にはじめられます。それを目標といいます。今回はあそこまで進むぞ!そう考えて実際行動しますが目標通りにいくことはほとんどありません。
「おもったより早く進んだり」「意外に進めなかったり」するものです。しかし、進んでいる地点を認識していれば人は安心できます。
しかし、ふと横尾を見た時に大阪に進んでいる仲間が自分より先に進んでるのをみて不安になったりもします。これは統制感が整理されていない状態です。自分の現在地を俯瞰的にで把握していないことからおこるのです。
周りを意識してしまえば「全体の中の自分の位置を意識」しますし、自分だけをみれば「東京から進んだ今の地点を意識する」ものです。他人を意識すれば不安は一生とれませんが、自分だけをみれば自己満足は満たされますが競争力に乏しくなったりします。
ようは、バランスが必要である。
「自己の成長」と「他者との統制感」(同じ尺度の自分の位置確認)をバランスよくみる意識が必要です。
モチベーションとは自己の中に起こるものです。
テンションとは他者との間におこるものです。
両方とも似てますが「テンションは一気に上がり一気に下がります」しかし、「モチベーションは徐々に上がりなかなか下がりません」それは自己の中に生まれた価値のようなものを自己欲求として満たすために努力するプロセスを支えるものだからです。
逆に誰かに勝つぞ!などは「テンションです」から勝ったとたんに冷めたり、自分が負けるとわかった時点で「冷めたりします」ようは他者に影響を受けてしまいます。
モトギさんがいわれているのは「テンション」だと思います。
モチベーションは欲求を満たす仮定を支え続けるエネルギーですから、「今回はダメ」でも落ちることはありません。
そんな感じですかね
夢を持ち続けて、なおかつ「欲求はここまで」というセーブをするイメージが湧かないのですが…。
セーブするというのは上記の他者との比較で「普通はこうだよね!」こういう会話をする人は基準が他者にあります。しかし、普通などは存在しなくひとそれぞれ違います。「タイガーの普通」と「モトギさんの普通」の意識は違います。それを第三者に押し付けても上手くいかない話は前のブログに書いた通りです。
自己の中にも同じことがいえています。
タイガーと同じ努力をしたのか?
だからタイガーのようになれない自分に悩んでいるのか?
それとも、努力もしないで自分を責めているのか?
だれを責めても解決はしません。
欲求がすべてを支配しますからそれに対して自分の中で低いバーを設定してれば他者との関係が敵味方的な感覚にはなりません。
言い方が悪いかもしれませんが・・
ユネスコ憲章の全文
「戦争とは人の心の中に生まれる。だから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」
自分の心の中に何か基準を持たないと外部に影響されてしまいます。
セイブすることで、自己を楽にするということですかね。
雑な答えですみません。
質問2
たしかに「腰の先導」忘れておりました。
「腕の三角形(あと腰のつっ立ち)」に注意しながら打ってたら、けっこう「ぶ厚い当たり」になり、2オンが増えたので、さらにピンの欲求(また欲求!)が膨らんできて、腰を忘れておりました。確かに左に出て、さらに左に曲がります。
「腰の先導」を強く意識すると、右に飛び出し、さらに意識するとフック回転もピタリとなくなり、いきなり「プッシュアウト」しますよね。
ちょうどよいバランスは「プッシュアウト」直前だと思うのですが、それでよろしいんでしょうか?
かなり「狭いゾーン」だと思うのですが、それを「腰の先導率のコントロール」で自分のものにする、
という考え方でよろしいのでしょうか?
手を使わずに腰だけで先導できれば「スクエアーなゾーン」は長くなります。手を使えばフェースがローテーションしますからゾーンは短くなります。
その証拠に「フェースがローテーションしないので右に飛び出す」のです。
腰の先導で打てるようになれば最高ですが、上記でも書いたようにすべてはバランスですから手も使っていいのですよ。
ようは結果を求めるわけですから、
本番は結果重視です。
練習はプロセス重視です。
臨機応変な対応能力が必要です。本番とは戦争です。結果が出ないと死ぬという状況であれば結果のためにすべてをおこないますよね。そこのところをよく理解して行動すれば必ず成果は出ます。
夢とは自分の中にみるものです。
価値ともいいます。
夢はそれに向かうとその過程で夢が成長したりします。
(イチローでいえば大リーグでやれるかも!とプロに入って200本打って思った)
ようは、夢には永遠に到達しない!それは夢自体が「自己の欲」なので欲とは満たされない何かを目指すのでそうなります。
人生とはその夢に向かい続ける日々の些細な行動です。どこまで進めるかは神のみぞ知るです。しかし、本人が自ら望み願望する夢に進めていれば幸せなのではないでしょうか?
雑感です。
ボス





