GDOお得情報:
2009年05月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
ブログマナー向上委員会参加ブログ

ヒーローの命日だったんだな・・・

2009年05月01日(金)
「15年前の今日・・・」


15年前の今日、F−1サンマリノグランプリにおいて、ブラジルの、いや
F-1界の英雄が、天に召されたのです。


ブラジル人ドライバー、アイルトン・セナ・ダ・シルバ。
日本人に最も愛されたF-1ドライバーかもしれません。


15年前は、東京に住んでいまして、何時もの週末のように
ワイフとテレビの前で、フ○テレビのF-1中継を見るために
テレビのチャンネルを変えた処、深刻な顔をした今宮さんと
フ○テレビのアナウンサー(三宅さん?)が衝撃の事実を
伝えました。


最初は前日にクラッシュして亡くなった、ラッツェン・バーガーの事故の
事を話しているのかと思っていたので、レーズ自体が湿っているのかと
思ったくらい、セナの死が素直に受け止められずにテレビを
眺めているだけの状況だったのを、鮮明に覚えています。


当時はゴルフもやってませんでした。
趣味は演劇鑑賞とF-1観戦。
鈴鹿にも3回行きました。
予選初日からサーキットに入って3泊4日の車中泊の小旅行。
F-1好きな仲間との観戦は最高に楽しい思い出になりました。



私の青春時代のヒーロー、永遠の音速の貴公子

アイルトン・セナ・ダ・シルバ


F−1・・それはアイルトンセナから

2008年03月17日(月)
「フォーミュラ・ワンが好きで・・・」


調子にのって2回目のF-1の話題を


若かりし頃(何年前だ???)、私も漏れなくF−1のファンになりました

その時に盛り上げてくれたドライバーの中に、アイルトン・セナ・ダ・シルバがいます。

彼は、レースに何としてでも勝ちたいと言う気持ちと、本田宗一郎氏のレースに取り組む姿勢に共感し、HONNDAにエンジンを自分に提供する事を直訴したそうです。


その結果、1987年にフル参戦日本人ドライバーの先駆者である中嶋悟と一緒にロータスホンダが誕生したのです。


本当に早かった。


彼のドライビングテクニックはピカイチで、コーナーリングのアクセルワークは、「セナ足」と呼ばれる、小刻みなアクセルコントロールは、誰にも真似が出来なかったといわれています。


日本人に最も愛されたF−1ドライバーも、1994年ウイリアムズに移籍した年、イタリアのイモラサーキットのレースで、帰らぬ人になってしまいました。




レースには事故はつき物で、レースで命を落とすと言う話は良く聞くのですが、絶対にアイルトンセナは死なないと言う個人的な思い込みがあったので、本当にショックでした。


ちょっと思い出したら涙が出てきましたので、今日はこれくらいで



私の部屋の中には、アイルトンセナグッツが一杯あります。
フジテレビのF−1クラブにも当然入ってました
面白い話で、とんねるずがやってたオークション番組のフォーミュラワン特集の時に、フジTVから電話があり、出演しませんかと


流石に参加できませんでしたけどね



ちょっとだけ、私の部屋に飾られているアイルトンセナのパネルと、ちょっと値打ちのある、「ALAN FEARNLEY」のナンバーリング入りのポスターを紹介します。
あとはマクラーレン時代のセナが乗ってた車のプラモデルも


一番のお宝は、アイルトンセナのレーシングスーツ・・・・の切れっぱしかな(笑)
ちゃんと鑑定書も付いてますからぁ(爆)


F-1も開幕です!

2008年03月17日(月)
「色々開幕ですねぇ〜」


実は私は、F-1マニアでもあるのです(笑)





1987年の日本でのF-1ブームが起こった年前からのファンでしたが(たいれる6輪車なんかも)、あれから20年を超えて見てまいりました。

1987年の日本グランプリは、三重県鈴鹿サーキットで開催されました。
それを友人3名(男2名、女1名)で、東京から車で鈴鹿に行ってきたのです。
(翌年もね)

いやぁ〜懐かしい記憶です。
水曜日の夜中に東京を出て、着いたのが木曜日の午前中。
11月開催であった為に、寒かったのを記憶してます。

サーキットへ到着したら、当時のターボエンジンの「パパパパパパァ〜ン」と言う音が、サーキットの外まで大音量で響き渡り、大興奮したのを思い出します。

当時は
・ナイジェルマンセル(ウイリアムズ・ホンダ)
・ネルソンピケ(ウイリアムズ・ホンダ)
・アランプロスト(マクラーレン)
・ゲルハルトベルガー(フェラーリ)
・アルボレート(フェラーリ)
・アイルトンセナ(ロータス・ホンダ)
・中島悟(ロータス・ホンダ)
・アレキサンドロナニーニ(ベネトン)
と言う、豪華な顔ぶれが揃ってたなぁ〜


今年のグランプリでは、その中の2世が2名デビュー

中島悟とネルソンピケの子供

中島悟の息子のカズキ(漢字忘れた(笑))は、なんとサバイバルレースでの6位入賞で完走

ポイントも3ポイントとって、父親の悟るのデビュー戦7位を上回る結果を残しまして、往年の中島悟ファンだった、おぢさん世代も今年はまたF-1を見る楽しみが出来たんじゃないかと思います。

続きはまた後ほど!

外回り行ってきます!



PR (詳細)
無料でダウンロードできる!!GDOゴルフ壁紙
このブログサービスは「ゴルファーズブログ」で運営しています。
GDOクラブ会員なら無料でご利用いただけます。