2008年05月05日(月) |
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Kリーグ |
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今日は前回ブログで登場した阪東ヒーロー
のトレーナーを引き受けた須田達志さん
の事を書いちゃいます。
普段はワンちゃん
同士も結婚した
家族ぐるみの付き合い
で、
達ちゃん、アネゴと呼びあっているので以下は「達ちゃん」でいきますね
小さい頃から武道をやっていて極真は黒帯
、陸上自衛隊習志野第一空挺団
も経験
20歳でキックボクシングを始め、23歳で日本チャンピオン
となった男なんだけど、
根性
が半端じゃなく、自衛隊でもトレーニングが足りないと荷物を更に重くしたり、
タイやオランダでの武者修行でも気絶する日を決めていた・・・
どういうことかというと・・トレーニング中、苦しすぎると普通は限界を感じやめるのだけど、
それを通り過ぎて本当に気絶するまでやる、そしてバケツで水をかけられて起きる
又、どんなに打たれても倒れなかった。
根性あり過ぎ
でドクターストップで引退したんだからビックリ

今は数多くの日本チャンピオン・世界チャンピオン
を輩出する敏腕トレーナー
。
そして団体や流派、国や民族の垣根を超えて、世界の子供達が魂をぶつけ合う
異文化交流のできる格闘技大会
をしたい、お互いが、闘いの中で痛みを知り、
相手に優しくなれて
平和を願う世界観を養ってもらいたい、
世界中にそれを拡げ、それぞれの国のリーダー達に、何かを感じて欲しいという想いで
NPO法人Kリーグインターナショナルも設立して魂
を賭けて大会を開催している。
その活動に共感して応援している方の言葉も含蓄があるので抜粋してご紹介します。
「子供たちが親を殺したり、反対に親がわが子の命を奪うなどというとんでもない事件
があったり、自らの命を絶つ自殺者が年間3万人を超えます。
戦後の苦しく貧しい時代でも、こんなに多くはありませんでした。
これは日本が豊かになる一方で、間違いなく何かを失ったということです。
その一つが「本気」であると私は考えています。
どんなに貧しくても、家族のために本気で生きていたのが昔の父親・母親です。
その姿 を見て、子供は親を尊敬し、親のありがたさが自然と心にしみたのです。
私の父は明治生まれ、母は大正生まれですが、父が私たち子供の前で、
「仕事が大変だ」とか「今日疲れた」 などと言ったことは一度もありません。
本気で生きている人間は輝いています。
本気で生きるたくましさを身につけてもらいたい」(西田文郎)
NPO法人アジアチャイルドサポート代表理事 池間哲郎さん
「15年以上にわたり、モンゴル、カンボジア、ミャンマー、タイなど貧しさの中でも
懸命に生きている子どもたちの支援を続けている。
フィリピンのゴミ捨て場で暮らしている少女に「あなたの夢は何ですか」と聞くと、
「私の夢は大人になるまで生きること」と答えました。
カンボジアのゴミ捨て場に暮らしている少年は
「一回で良いからお腹いっぱいご飯を食べてみたい」と言いました。
タイの売春婦として売られて行く山岳民族の少女は
「お父さん、お母さんのためだから仕方が無いの」と悲しい運命を受け入れていました。
ミャンマーの少年は「勉強がしたい」と泣いていました。
しかし、彼らは、どんなに辛く悲しくても決して笑顔を失うことなく
一生懸命に 生きていました。
これまで日本全国1000校近くの学校を回り、40万人近くの
子どもたちと触れ合ってきた結果、日本の子どもたちは豊かさの中で
人間として大切な心を失ってしまったのではなかろうか。
世界で最も「生きる力が弱い子ども」と感じています。
食べ物を粗末に扱い、親が子どものことをやってあげることは
当たり前だと思っている子どもたちは、親に対する感謝さえもありません。
生きていけることは当然だと思う子どもたちは、命が尊いことさえ知りません。
だからこそアジアの貧しくとも一生懸命に生きている子どもたちのことを、
日本の子どもたちに伝えています。須田氏と初めてお会いした時、
彼の真剣なまなざし、そして生き方に感動しました。
直球一本やりの彼の生き方と子どもたちに対する姿勢は真剣そのものです。
だからこそKリーグで戦う子どもたちは真剣です。
どんな相手に対しても全力でぶつかることが出来るのです。
日本の子どもたちに対し「強い心、強い体」を育成する須田氏の活動に
対して心から敬意を表します。」
弱い人には気〜使っちゃうけど
強い達ちゃんとは本気で喧嘩も出来て楽で楽しい

では、Kリーグの模様を・・・
子供たちはリングに上がると一人、
急にきりっとして果敢に闘ってました。
かわいいし、感動します
たくましく育つぞ〜

途中、阪東ヒーローが現われて、
「よく頑張ったね」と・・・・・
子供にも優しいヒーロー君
でした・・

ヒーローが来た この窓の外から
私たちはリオンと子供達を応援
してました

すると・・いつのまにか
子供達が集まって来て
リオンもうれしそう
たぶん体重はリオンの
半分くらいに子達

ついには女の子に
すっかり甘えて
ひざ枕
そのうちに寝ちゃいました
微笑ましい
のトレーナーを引き受けた須田達志さん
の事を書いちゃいます。
普段はワンちゃん
同士も結婚した
家族ぐるみの付き合い
で、達ちゃん、アネゴと呼びあっているので以下は「達ちゃん」でいきますね
小さい頃から武道をやっていて極真は黒帯
、陸上自衛隊習志野第一空挺団
も経験20歳でキックボクシングを始め、23歳で日本チャンピオン
となった男なんだけど、根性
が半端じゃなく、自衛隊でもトレーニングが足りないと荷物を更に重くしたり、タイやオランダでの武者修行でも気絶する日を決めていた・・・
どういうことかというと・・トレーニング中、苦しすぎると普通は限界を感じやめるのだけど、
それを通り過ぎて本当に気絶するまでやる、そしてバケツで水をかけられて起きる
又、どんなに打たれても倒れなかった。
根性あり過ぎ
でドクターストップで引退したんだからビックリ

今は数多くの日本チャンピオン・世界チャンピオン
を輩出する敏腕トレーナー
。そして団体や流派、国や民族の垣根を超えて、世界の子供達が魂をぶつけ合う
異文化交流のできる格闘技大会
をしたい、お互いが、闘いの中で痛みを知り、相手に優しくなれて
平和を願う世界観を養ってもらいたい、世界中にそれを拡げ、それぞれの国のリーダー達に、何かを感じて欲しいという想いで
NPO法人Kリーグインターナショナルも設立して魂
を賭けて大会を開催している。その活動に共感して応援している方の言葉も含蓄があるので抜粋してご紹介します。
「子供たちが親を殺したり、反対に親がわが子の命を奪うなどというとんでもない事件
があったり、自らの命を絶つ自殺者が年間3万人を超えます。
戦後の苦しく貧しい時代でも、こんなに多くはありませんでした。
これは日本が豊かになる一方で、間違いなく何かを失ったということです。
その一つが「本気」であると私は考えています。
どんなに貧しくても、家族のために本気で生きていたのが昔の父親・母親です。
その姿 を見て、子供は親を尊敬し、親のありがたさが自然と心にしみたのです。
私の父は明治生まれ、母は大正生まれですが、父が私たち子供の前で、
「仕事が大変だ」とか「今日疲れた」 などと言ったことは一度もありません。
本気で生きている人間は輝いています。
本気で生きるたくましさを身につけてもらいたい」(西田文郎)
NPO法人アジアチャイルドサポート代表理事 池間哲郎さん
「15年以上にわたり、モンゴル、カンボジア、ミャンマー、タイなど貧しさの中でも
懸命に生きている子どもたちの支援を続けている。
フィリピンのゴミ捨て場で暮らしている少女に「あなたの夢は何ですか」と聞くと、
「私の夢は大人になるまで生きること」と答えました。
カンボジアのゴミ捨て場に暮らしている少年は
「一回で良いからお腹いっぱいご飯を食べてみたい」と言いました。
タイの売春婦として売られて行く山岳民族の少女は
「お父さん、お母さんのためだから仕方が無いの」と悲しい運命を受け入れていました。
ミャンマーの少年は「勉強がしたい」と泣いていました。
しかし、彼らは、どんなに辛く悲しくても決して笑顔を失うことなく
一生懸命に 生きていました。
これまで日本全国1000校近くの学校を回り、40万人近くの
子どもたちと触れ合ってきた結果、日本の子どもたちは豊かさの中で
人間として大切な心を失ってしまったのではなかろうか。
世界で最も「生きる力が弱い子ども」と感じています。
食べ物を粗末に扱い、親が子どものことをやってあげることは
当たり前だと思っている子どもたちは、親に対する感謝さえもありません。
生きていけることは当然だと思う子どもたちは、命が尊いことさえ知りません。
だからこそアジアの貧しくとも一生懸命に生きている子どもたちのことを、
日本の子どもたちに伝えています。須田氏と初めてお会いした時、
彼の真剣なまなざし、そして生き方に感動しました。
直球一本やりの彼の生き方と子どもたちに対する姿勢は真剣そのものです。
だからこそKリーグで戦う子どもたちは真剣です。
どんな相手に対しても全力でぶつかることが出来るのです。
日本の子どもたちに対し「強い心、強い体」を育成する須田氏の活動に
対して心から敬意を表します。」
弱い人には気〜使っちゃうけど
強い達ちゃんとは本気で喧嘩も出来て楽で楽しい

では、Kリーグの模様を・・・
子供たちはリングに上がると一人、
急にきりっとして果敢に闘ってました。
かわいいし、感動します

たくましく育つぞ〜


途中、阪東ヒーローが現われて、
「よく頑張ったね」と・・・・・
子供にも優しいヒーロー君
でした・・


ヒーローが来た この窓の外から
私たちはリオンと子供達を応援
してました


すると・・いつのまにか
子供達が集まって来て
リオンもうれしそう

たぶん体重はリオンの
半分くらいに子達


ついには女の子に
すっかり甘えて
ひざ枕

そのうちに寝ちゃいました

微笑ましい




帰国直後から
それでも、なんとか
でかたずけをしていたら、捨てても捨てても
で行きました。
、


彼とは実際に会って話をしてとても









