「昭和」の父と次男坊の俺
2010年03月04日(木)
一昨日、夕飯の支度を始めると米が切れかかっていたので、父のもとに精米を頼みに行った。父は「俺が明日中に精米しておくから」と快諾してくれ、孫娘達(私の娘)の近況などを訊ねてくれた。帰宅してから、父が「俺が精米する」とやたらと強調していた事が気になった。もう、80になる。米作りの現役を引退して数年経っているのに…。30kgの米袋の扱いは危険すら伴うはずだ、と。
わが家の米は実家に「おんぶにだっこ」状態だ。恥ずかしながら父が現役のうちは米代を払っていない。いや、何度か渡そうとしたのだが受け取ってもらえなかった。そんな心配はするなとか、面倒見させてくれたっていいじゃないか、等々だった。
昨夕5時、その米を取りに行った。軒先で用件を済まそうとしたが、促されたので部屋に上がり半俵(約30kg)分の7000円を手渡した。
「今回は少し少ないのでこんなに貰えない」と、千円札2枚を返された。その上、万札を2枚「娘達に」と、手渡された。
そして、さらに…
「○○(私の名)、電気毛布の線が切れちゃったらしくて…、なんとかしてくれ」 と。
さっそく隣街の家電量販店に向かうもシーズン物ゆえ売り切れ、最終的にはTX沿線の系列店で入手することができた。8時に届けるも父はすでに床についていたが、安心しきった表情で受け取ってくれた。
「父ちゃん、いつ頃切れちゃったの」の問いに「2〜3日前だよ」。
父の精米は一度にギュッと削ってしまうのではなく、緩めに2〜3度かけるやり方で、それは米が割れずに艶がいいものでした。もっともそれを仕込まれたのは兄。私はその兄から教えられました。ちょっと前までは、跡取と次男坊は育てられ方が違っていたんですよね。そんな事を思い出して、昨日の米を撮ってみました。割れ方がすさまじい…。
一昨日は私がアスレチック、昨日は兄がロイヤル・フォレスト…
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岡山のおっちゃんさん こんばんは
