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Noah誕生日

[2006年02月07日(火)]

今日、2月7日は、長男のNoahの誕生日である。

5歳。

 タフな5年間だったけれど、僕にとっても、妻のJunkoにとっても、そして、Noahの姉である長女Sarahにとっても、非常に大きな喜びをもたらせてくれる5年間だった。

 Noahが生まれたのも、こんなふうに芯から冷えるような厳しい寒さの日だった。当時、妻のサイトにアップロードしたNoahの出産記録を、少し長いけれど転載する。


Junko:
     2月6日の午後1時、タクシーにひとりで乗って病院まで行き、予定通りの入院。予定通りとは言っても、35週に入った頃から毎日前駆陣痛に悩まされていて何時間も10分間隔が続いたと思って病院に行くと消えてしまったりしてすっかり気分はオオカミ少年だった。 

    (中略)
godgeo:
     本来なら、この晩も会社を定時で飛び出して、入院している妻の元に激励に行きたかったのだけれど、実際にはとんでもない馬鹿馬鹿しい用事で果たせなかった。間の抜けた話だけれど、電車の中に忘れ物をして、八王子の駅まで取りに行ってきたのだ(^^)

     自宅マンションのベランダから、妻の産院が遠く望める。寝静まった町の向こう、ちょっとした丘の上に黒いシルエットになって浮かび上がっている産院の建物の、消え残った明かりの一つが妻の入院している部屋なのだ。

     僕は、長女の出産の時のことを思い出しながら、はたから見れば滑稽なのだろうけれど、手をさしのべ、妻に無言の激励を送った。もう少しだ。頑張ろう。

Junko:
     7日午前5時40分に起床し、洗面を済ませて分娩室へ。分娩台に乗ると、なんとSarahの時にはなかったテレビが設置されていた。何だかどんどんすごくなっていく気がする。分娩監視装置をつけた。8時半ごろ先生の内診と同時に人工破膜。少しだけ羊水が出た感じがした。いよいよあとには引けないという心構えができる。その後、腰に局部麻酔をかけて、硬膜外麻酔のためのチューブを腰に入れる。なぜか右側の腰が少し痛かった。破膜したために陣痛がくることもあるからということで陣痛促進剤はもうしばらくしてから入れるとのことだった。

     9時頃麻酔が入れられた。15分はあおむけでいないといけないらしい。しばらくしてさっき1度はずされた分娩監視装置と自動の血圧計をとりつけられる。10時ごろパパが到着。Sarahの時と同じように給食係みたいな格好をさせられている(笑)同じ頃に陣痛促進剤を入れる。これは黄色い点滴で、何となく「こんな色のものが体に入るのは良いんだろうか?」なんて変なことを考えてしまう。

    (中略)

     助産婦さんに診てもらうと「もう産めるね。子宮口は固かったけど産道はちゃんと開いてるから、もしかしたらいきまないで産めるかもしれないよ」とのこと。いきまないで赤ちゃんって産めるの?と思いながらもとにかく早く赤ちゃんとご対面したくてワクワクしていた。午後5時、分娩開始。助産婦さんがうまく産道を開いてくれているのがわかる。

     赤ちゃんはすでに頭が見える状態。少しずつ開いてできるだけ切開しなくて良い状態に持っていってくれているようだ。途中で先生が立ち会って「切る?切らなくても大丈夫かもしれないけど、少しきれちゃうかもしれないわよ」とは言われたが、やっぱり前回の切開の後の痛みを考えると「できれば切らないでほしい」としか言えませんでした。それから2度ほど「軽くいきんでみようか」と言われて言われるとおりにいきみ、Sarahの時よりもじっくり時間をかけての分娩となった。最後に「自分で下を見てごらん赤ちゃんが出てくるよ」と助産婦さんに言われて見ていると、自分で肩を片方ずつ出して赤ちゃんが自力で出てきた。午後5時24分男児出産。ものすごい勢いの産声。Sarahの時以上だ。

     しかし、そう思っていたらSarahの時にお腹の上にのせてくれた赤ちゃんが「先にきれいにしてきましょうね」と言われて連れて行かれてしまった。「あれ?」そう思いながら、「そうか、何かあったんだな」ものすごく疲れていたけど妙に冷静に考えていた。「でも、産声は聞こえるし、死にそうな状態っていうことはないよね」とパパに言ってみた。いったい何がおこっているのだろう?そんな風に思っているとパパが助産婦さんに呼ばれた「ご主人、ちょっと。」。ん〜本当に何かあったんだな。とにかくそのときは赤ちゃんに会いたかった。

     しばらくしてパパと先生が来て、「お母さん、口唇裂って知っていますか?赤ちゃんはお口が少し切れた状態で産まれました。」先生がそうおっしゃった。今回の出産は私も35才をこえているということもあって、以前パパとふたりで「どんな障碍があっても頑張って育てようね」と話をしていたし、ある程度の知識はあった。もちろん口唇裂も知っていた。先生が色々説明してくれていたけどあまり覚えていない。なぜならそのとき私の頭の中は「早く会いたい。早く会いたい」とそればっかりだったから。

     最後に先生が「赤ちゃんに会いますか?」と聞かれた。「もちろん。早く会いたいです」。そして連れてきてもらった赤ちゃんは言われたとおりお口に2カ所切れ目があった。でも、とにかくかわいい。それしかなかった。すぐに抱かせてもらって「やっと会えた」と安心した。助産婦さんが「かわいいね」と言ったあとで「新生児室には入れなくてもいいけどどうする?授乳時間も他の人とずらしてもいいし」。一瞬「へ?」っと思った。でも、そうか色々な意味で気を遣ってくれているんだと思ったけど「いえ、新生児室にも入れてもらいたいし授乳も他の人と一緒でいいです。特別に扱っていただく必要は全くないです」と答えた。

     そしてその後、あまりの疲れで眠ってしまった。30分ほどして目が覚めるとパパが赤ちゃんを抱っこしてあやしていた。そしてまた私もまた抱っこさせてもらった。両手をお口でベロベロなめている。「この子はSarahちゃんと同じように食いしん坊だね」パパと笑った。まだ胎脂のついた赤ちゃんはなんて愛おしいのでしょう。子供はいくつになってもどんな瞬間でもとてもかわいいけど、産まれたばかりのこの瞬間の子に対する思いは言葉にできないです。この子にかせられたものはもしかしたらとても大きいものかもしれない。でも、とにかく今この手に抱ける幸せをかみしめています。
godgeo:
     午前中から、冷たく湿った風が吹いていて、天気予報では雨になるだろうとのことだった。義母が傘を持たせれくれた。

     長いお産がようやくクライマックスを迎え、子供が産まれた瞬間に、口唇裂に気づいた。その瞬間、「ああ、なるほど、そういうことか」と思った。うまく説明できないけれど、ほんとうにすとんと、何もかもが完成したような気がしたのだ。ようこそ、我が家へ。よくぞ我々を選んでくれた。君を迎えるために、我々は今日まで頑張ってきたのだ。誕生おめでとう。本当にありがとう。

     妻とは、たとえどんな厳しい試練を課された子供であっても、一緒に幸福になろう、と以前から打ち合わせして、一通り代表的な出生時の障碍については予習しておいたので、正直に言って不思議なほど何の衝撃もなかった。「おやおや、口唇裂だ。でも産声は元気だから、大丈夫だろう。いやぁ、めでたいね、やっと生まれたよ」とのどかに感動した。そうか、そういうことか。立ち会って良かったなあ、立ち会わずにいたら、悔しかったろうなあ、と、しみじみ喜びを感じた。

     ただ、妻にどう説明しようか、それが頭の中でぐるぐるとどうどう巡りを始めた。妻が無条件で喜ぶのは分かっていたのだけれど、長時間のお産で、体力的にも精神的にも疲労・興奮の状態にあるだけに、どのように伝えるのが適切なのか。

     結論のでないまま、やがて、「ご主人、ちょっと」という例のあれで、処置室に呼ばれ、「実は、お子さんなんですが・・・」とおずおずと切り出す助産婦さんに、逆に僕のほうから「口唇裂は見て分かりました。口蓋は大丈夫ですか?」と聞いてみた。そこでNoahを連れてきてもらい、あらためてじっくりと見させてもらった。上あごの骨にまで異常があると、いきなりパイプで栄養補給ということになるかもしれないので、ちょっと可愛そうである。幸い、あごのほうは大丈夫そうだったので、安心した。唇だけであれば、ぶっちゃけた話、時期を見て整形してもらうだけのことだ。「奥さんには、ご主人から話されますか?」と聞かれたので、「ええ、もちろん。あの、ショックを受けたりパニックになったりはしないと思いますから、大丈夫ですよ、たぶん」と答えた。その時点では、すでに本当にそう確信していた。大丈夫。僕の妻は、大丈夫だ。

     そこで、助産婦さんと一緒に妻のところに戻り、状況を伝えると、思ったとおり堂々と受け入れてくれた。本当に、まったく、何の抵抗もなく、一切の拒絶感もなく、Sarahが生まれたときとまったく同じ、100パーセントの受け入れだった。タオルにくるまれNoahが連れてこられたのはそのすぐあとで、僕も抱かせてもらった。うーん、小さくて、柔らかくて、精一杯生きている。この瞬間を分かち合うことができるのは、本当に幸せなことだ。そのまま、面会時間が尽きるまで、ずっと病院で過ごした。

     外に出ると、重たく湿った雪が、冷たい風に激しく舞っていた。「なんだい、それは?」と、さすがに芯まで疲れ切った頭の中で僕は叫んだ。オリーブ色のコートの裾がみるみる白く凍り付いた。なんだい、それは。それで我々を試しているつもりなのか?負けないよ。我々は、負けない。たったいま、新戦力をリクルートしたばかりだ。それも、とびきりの新人だ。その名も、Noah。信念を貫いて新しい世界を手に入れた男の名前だ。負けるものか。戦い続けるぞ。

     僕は傘を握りなおし、顔を上げ、叩きつける雪に正面から向き合った。狂ったように舞う雪は、街路灯に照らされて、美しい光の渦を作っていた。そうだ。この厳しくも美しい世界はすべて、我々の子供たちのものだ。
junko:
     Noah誕生。身長49センチ、体重2918グラム、とても良い出産を経験できたような気がする。これもすべてNoahのおかげ。これからは4人家族です。甘えん坊のSarahちゃんも待っているし、はりきって2児のママしましょう!

 長い文章に最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。

 






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