復活〜
2010年04月22日(木)
長男坊が退院できました








ご心配いただいた方々、
相談に乗っていただいた方々、
ご尽力いただいた先生方、
本当にありがとうございました。








レッスンを楽しみに待っててくれている皆さん
本当に申し訳ございません。








長男坊は、もう大丈夫です。
これからは前以上に
走り回れることと思います。








一時は
お医者さんから
『膠原病』じゃないかなあと言われ
目の前が真っ暗になり、
いろんな後ろ向きなことも考え、
辛くてたまんなかったですが、
今は考えられないくらい良くなり、
明日から学校にも行けそうですが、
お医者さんの言うとおり、
来週から行かせるようにします。
もうしばらく一緒に時間を過ごしたいですし
長男坊に何が起きていたかと言いますと、、、
4月8日(木)
発熱 37,6℃
近くの小児科で『溶連菌感染症』と診断される。
尿には異常なし
薬(抗生剤)を5日分処方
小生付き添い
昔は危ない伝染病だったらしいのですが、
今は薬ですぐ治るらしいです。
ただ、抗生剤を服用して24時間たたなければ
ひとと接触しないほうがいいそうです。
あとで女房殿と思い起こしたが、
3日(土)から元気がなく、
4日(日)には微熱(37,2℃)があり
レッスンは休ませた。
5日(月)から鼻血をよくだし(3日連続)
春休みで学童保育に行っていたのだが、
弁当を少ししか食べれなかったり、
体もだるそうにしてたらしい。
あまりにだるく昼寝してた日もあった。
でも、夕方のゴルフの練習は
がんばってさせていた。
女房には「だるい」とか「頭が痛い」
とかこぼしていたらしい。
4月9日(金)
自宅で安静に
24時間はひととあまり接触しないことと
言われたので、ちょうど入学式にあたり
本人は休みだったので良かった。
熱もなく元気がないということはなかった。
4月10日(土)
すっかり元気になったが、
夜は足の痛みにぶっ倒れ、
這いつくばって布団に入ったらしい。
昼間は近くの公園で、友達とかけっこ。
16周も走ったらしい。
左足の付け根(外側)の痛み。
この日はそんなに気に留めていなかった。
4月11日(日)
レントゲン検査異常なし
小生付き添い
朝のレッスン中に女房殿から電話。
「痛くて、まったく歩けない」と。
病院で、レントゲンを撮ってもらったが
まったく異常は見つからず、
前日走り回ったのが原因だろう。
しばらく様子を見ることに。
走るのは、同じ方向ばかりだったし
内側に左に無理が来たんだろう。
すぐ治るやろうと考えた。
ま〜ったく溶連菌のことは
頭にはなかった。
4月12日(月)
まだ痛みがひどく歩けない。
おんぶして学校に連れていく。
学校では車いす。
先生やおともだちのみんなにお世話に。
捻挫みたいなものと思ってた。
4月13日(火)
まだ痛く歩けない。
学校では、前日同様。
溶連菌の薬をもう5日分もらいに
小児科へ。(小生付き添い)
溶連菌は腎臓などへの
悪影響があるので、
10日間しっかり抗生剤を摂る必要がある。
喉の様子は良いので、
このまま薬を飲んで、
それからしばらく期間を置き、
尿検査(腎臓)に来てということ。
それよりも、
歩けないほど何日も痛いということで、
小さい子供が診れる
大きな病院に行ったほうが良いと
紹介してもらった。
4月14日(水)
まだ痛く歩けない。
学校は休んで病院へ。
女房殿付き添い
紹介していただいた病院に行くも
MRIのスケジュールの空きがなく
次の日に。
4月15日(木)
まだ痛くて歩けない。
でも?
右の同じところが痛く、左はそこまでない。
ビッコが逆になった。
この日も学校は休んだ。
MRIでは、左右の足の小さい筋肉(上・・筋)
がほんの一部だけ、白く映っていた。
炎症を起こしている。
小生付き添い
溶連菌によるものか、
腰から来ている痛みか、
ゴルフもしているし、、、
(でもかなり気をつけているんだけどなあ、、)
はっきりと診断しかねると言われた。
右に痛みが移ったが、
左の痛みが減ったので
すぐ良くなるのではと思った。
夜、女子プロのお父さんと電話。
(西陣のトーナメントで熊本に来ていたので)
「子供たちも元気?」と聞いてくれたので、
長男坊のことを話すと、
「何してるの?? 溶連菌は馬鹿に出来ないよ。
早く大きい病院に連れて行きなさい。危ないよ!」と。
夜、ネットで「溶連菌」ついて勉強。
目に付いたのは、溶連菌感染症が終わった後の
『リウマチ熱』
筋肉や関節が痛くなる。
痛いところが変遷するらしい。
心臓にも行くらしい。
恐ぇ〜〜〜。
あ〜〜〜これに違いないと思った。
4月16日(金)
右の方が痛い。
夜には右ひざにも痛みが。
いろんな人に相談。
詳しそうな先生に聞いても、はっきりとは言えない。
夕方、最初からの小児科へ。
「リウマチ熱」では?と相談。
小生付き添い。
今では、まったくと言っていいほど
ほとんど症例がないらしいので
大きい病院の先生に相談してみるということに、、、。
そのまま帰り、夜のレッスンに。
帰宅すると、右ひざも痛むらしい。
「心臓には行かないでくれ〜」と祈るしか
4月17日(土)
まだ痛みは変わらず歩けない。
朝のレッスン中に女房殿から電話。
小児科の先生がすぐに来てくれと。
大きい病院へ、紹介してもらい
入院の準備もして来院。
女房殿付き添い
血液検査
心電図検査
心臓のエコー検査
すべて正常で、異常なし。
一応『リウマチ熱の疑い』ということで
そのまま入院。
点滴(抗生剤も)
少し楽になったように思えた。
夜は、女房殿は泊るつもりだったが、
看護師さんから大丈夫と言われ、
この時点ではすぐ治ると思っていたし
誰も付き添わなかった。
長男坊の不安な気持ちも汲めなかった。
寂しかったやろうなあ
4月18日(日)
容態変わらず。
超びっこのまま。
西陣レディースを観戦に行ったが
すぐに病院へ。
大分から、じいじい、ばあばあが
見舞いに。
本人は明るく元気なので
大丈夫だろうと思えた。
4月19日(月)
容態変わらず。
小生付き添い

主治医の先生と初面談。
今までの検査ではまったく問題はないと
言われた。
私のいう「リウマチ熱」には、
それにあるべき症状なり
検査結果がないので否定的。
もう一度、血液検査をしたが
まったく問題なく、健康そのものと。
ちょっと変わった「リウマチ熱」では??
と思った。
この夜まで、付き添わなかったなあ
ごめんな。
4月20日(火)
容態変わらず。
違う先生が。
朝から長男坊に立ち上がらせ、
その様子を見たり、
長期入院している子供立ちの
勉強しているお部屋を見せたり。
いろんな角度から診ないとですね。
ただ、教室を見せたりするということは
長くかかるのだろうかという
不安を抱かざるを得なかった。
レントゲン検査を受けた。
整形の先生も「リウマチ熱」では?
と、主治医の先生と話すということに。
夕方、主治医の先生からお話が。
「膠原病」ではないかと、、、。
「リウマチ熱」は?と聞くと
それも膠原病の一種と。
それから朝の先生は、
膠原病を得意としている先生だと。
「やっぱり長くかかるんだ〜」
「いや、もっと思っているより重いかも」
「そういえば、あの先生。僕が何も聞かないのに、
『大丈夫、大丈夫。この子はきっと治るから』と言って、
どういうこと?それって大変て言ってるじゃん」
そう思いながら目の前が真っ暗に。
すぐ回診があった。
先生たちがいっぱい。
うちの子を珍しそうに見ている。
あの先生が
「リウマチ熱の疑いだけど、、、、
うちにこれだけいて、誰も診たことないんだ。
ハハハ、、、」と少し笑っていた。
本当に子供と変わってあげたい。
夜のレッスンでちょっと離れましたが
付き添いのためすぐ戻り
この日は泣きながら一緒に寝ました。
4月21日(水)
朝、容態変わらず。
早朝、霧雨の中のご奉仕を終え帰宅。
がむしゃらに庭の草むしりを7時頃まで。
この子供の痛みが始まってから
終始「絶対大丈夫だから」と
時々笑みさえ浮かべている
前向きな女房殿、
子供のことで、仕事を休み
福岡へ相談へ、朝から出て行った。
「頼むよ〜」全身全霊で願った。
次男坊を幼稚園へ行かせるための
支度をしながら、涙を堪えた。
病院に戻った。
容態は変わらず。
心電図と胸部レントゲンをとった。
昼ご飯を食べ、
長男坊「眠たい」と言って、寝てしまった。
あまりにスヤスヤ寝ているので、
思わずデジカメでパシャっと。
このまま元気にならないかな、、、
ふと、このまま起きないのではとも思った。
そのとき、女房殿から電話が入った。
それからしばらくして長男坊が起きた。
「そんなに痛くない」と歩けた。
奇跡に思えた。
今でも涙が溢れる。
昼寝しているとき、女房殿からの電話の前
実家の母と、
自分のわがままで熊本に来たこと、
体調が悪いのに気づかずゴルフの練習させたこと、
子供からのサインを
これまでたくさん見逃してきたこと。
子供にもみんなにも
ただただ申し訳なく、自分のせいでこんなことに
なってしまってという思いで、
女房殿から、「笑って前向きに
いかないとね」と言われているのも忘れて、
涙しながら電話で話したばかりなのに。
主治医の先生が来て、
心臓のエコー検査。
何の異常もなかった。
他の検査結果もまったく健康そのものと。
また、歩き方が良くなった。
夜はレストランで家族そろって食事した。
明日、退院。
また一緒に寝よう。
ベッドは小っさいけど
4月22日(木)
前日より楽みたい。
無事退院となりました。
ご尽力いただいた先生方、看護師の皆さま
スタッフの皆さま本当にお世話になりました。
ありがとうございました
皆さま自身も、お身体に気をつけて、
これからもたくさんの人たちを救ってください。
「夢じゃないでほしい」と言って病院を後にしました。

ただ、ただ感謝です。
さあ、申し訳ないと思った以上に頑張らねば
うん?
で? 何だったかって?
何だったんでしょうかねえ









ご心配いただいた方々、
相談に乗っていただいた方々、
ご尽力いただいた先生方、
本当にありがとうございました。








レッスンを楽しみに待っててくれている皆さん
本当に申し訳ございません。








長男坊は、もう大丈夫です。
これからは前以上に
走り回れることと思います。








一時は
お医者さんから
『膠原病』じゃないかなあと言われ
目の前が真っ暗になり、
いろんな後ろ向きなことも考え、
辛くてたまんなかったですが、
今は考えられないくらい良くなり、
明日から学校にも行けそうですが、
お医者さんの言うとおり、
来週から行かせるようにします。
もうしばらく一緒に時間を過ごしたいですし

長男坊に何が起きていたかと言いますと、、、
4月8日(木)
発熱 37,6℃
近くの小児科で『溶連菌感染症』と診断される。
尿には異常なし
薬(抗生剤)を5日分処方
小生付き添い
昔は危ない伝染病だったらしいのですが、
今は薬ですぐ治るらしいです。
ただ、抗生剤を服用して24時間たたなければ
ひとと接触しないほうがいいそうです。
あとで女房殿と思い起こしたが、
3日(土)から元気がなく、
4日(日)には微熱(37,2℃)があり
レッスンは休ませた。
5日(月)から鼻血をよくだし(3日連続)
春休みで学童保育に行っていたのだが、
弁当を少ししか食べれなかったり、
体もだるそうにしてたらしい。
あまりにだるく昼寝してた日もあった。
でも、夕方のゴルフの練習は
がんばってさせていた。
女房には「だるい」とか「頭が痛い」
とかこぼしていたらしい。
4月9日(金)
自宅で安静に
24時間はひととあまり接触しないことと
言われたので、ちょうど入学式にあたり
本人は休みだったので良かった。
熱もなく元気がないということはなかった。
4月10日(土)
すっかり元気になったが、
夜は足の痛みにぶっ倒れ、
這いつくばって布団に入ったらしい。
昼間は近くの公園で、友達とかけっこ。
16周も走ったらしい。
左足の付け根(外側)の痛み。
この日はそんなに気に留めていなかった。
4月11日(日)
レントゲン検査異常なし
小生付き添い
朝のレッスン中に女房殿から電話。
「痛くて、まったく歩けない」と。
病院で、レントゲンを撮ってもらったが
まったく異常は見つからず、
前日走り回ったのが原因だろう。
しばらく様子を見ることに。
走るのは、同じ方向ばかりだったし
内側に左に無理が来たんだろう。
すぐ治るやろうと考えた。
ま〜ったく溶連菌のことは
頭にはなかった。
4月12日(月)
まだ痛みがひどく歩けない。
おんぶして学校に連れていく。
学校では車いす。
先生やおともだちのみんなにお世話に。
捻挫みたいなものと思ってた。
4月13日(火)
まだ痛く歩けない。
学校では、前日同様。
溶連菌の薬をもう5日分もらいに
小児科へ。(小生付き添い)
溶連菌は腎臓などへの
悪影響があるので、
10日間しっかり抗生剤を摂る必要がある。
喉の様子は良いので、
このまま薬を飲んで、
それからしばらく期間を置き、
尿検査(腎臓)に来てということ。
それよりも、
歩けないほど何日も痛いということで、
小さい子供が診れる
大きな病院に行ったほうが良いと
紹介してもらった。
4月14日(水)
まだ痛く歩けない。
学校は休んで病院へ。
女房殿付き添い
紹介していただいた病院に行くも
MRIのスケジュールの空きがなく
次の日に。
4月15日(木)
まだ痛くて歩けない。
でも?
右の同じところが痛く、左はそこまでない。
ビッコが逆になった。
この日も学校は休んだ。
MRIでは、左右の足の小さい筋肉(上・・筋)
がほんの一部だけ、白く映っていた。
炎症を起こしている。
小生付き添い
溶連菌によるものか、
腰から来ている痛みか、
ゴルフもしているし、、、
(でもかなり気をつけているんだけどなあ、、)
はっきりと診断しかねると言われた。
右に痛みが移ったが、
左の痛みが減ったので
すぐ良くなるのではと思った。
夜、女子プロのお父さんと電話。
(西陣のトーナメントで熊本に来ていたので)
「子供たちも元気?」と聞いてくれたので、
長男坊のことを話すと、
「何してるの?? 溶連菌は馬鹿に出来ないよ。
早く大きい病院に連れて行きなさい。危ないよ!」と。
夜、ネットで「溶連菌」ついて勉強。
目に付いたのは、溶連菌感染症が終わった後の
『リウマチ熱』
筋肉や関節が痛くなる。
痛いところが変遷するらしい。
心臓にも行くらしい。
恐ぇ〜〜〜。
あ〜〜〜これに違いないと思った。
4月16日(金)
右の方が痛い。
夜には右ひざにも痛みが。
いろんな人に相談。
詳しそうな先生に聞いても、はっきりとは言えない。
夕方、最初からの小児科へ。
「リウマチ熱」では?と相談。
小生付き添い。
今では、まったくと言っていいほど
ほとんど症例がないらしいので
大きい病院の先生に相談してみるということに、、、。
そのまま帰り、夜のレッスンに。
帰宅すると、右ひざも痛むらしい。
「心臓には行かないでくれ〜」と祈るしか
4月17日(土)
まだ痛みは変わらず歩けない。
朝のレッスン中に女房殿から電話。
小児科の先生がすぐに来てくれと。
大きい病院へ、紹介してもらい
入院の準備もして来院。
女房殿付き添い
血液検査
心電図検査
心臓のエコー検査
すべて正常で、異常なし。
一応『リウマチ熱の疑い』ということで
そのまま入院。
点滴(抗生剤も)
少し楽になったように思えた。
夜は、女房殿は泊るつもりだったが、
看護師さんから大丈夫と言われ、
この時点ではすぐ治ると思っていたし
誰も付き添わなかった。
長男坊の不安な気持ちも汲めなかった。
寂しかったやろうなあ

4月18日(日)
容態変わらず。
超びっこのまま。
西陣レディースを観戦に行ったが
すぐに病院へ。
大分から、じいじい、ばあばあが
見舞いに。
本人は明るく元気なので
大丈夫だろうと思えた。
4月19日(月)
容態変わらず。
小生付き添い

やっと歩く長男坊
主治医の先生と初面談。
今までの検査ではまったく問題はないと
言われた。
私のいう「リウマチ熱」には、
それにあるべき症状なり
検査結果がないので否定的。
もう一度、血液検査をしたが
まったく問題なく、健康そのものと。
ちょっと変わった「リウマチ熱」では??
と思った。
この夜まで、付き添わなかったなあ

ごめんな。
4月20日(火)
容態変わらず。
違う先生が。
朝から長男坊に立ち上がらせ、
その様子を見たり、
長期入院している子供立ちの
勉強しているお部屋を見せたり。
いろんな角度から診ないとですね。
ただ、教室を見せたりするということは
長くかかるのだろうかという
不安を抱かざるを得なかった。
レントゲン検査を受けた。
整形の先生も「リウマチ熱」では?
と、主治医の先生と話すということに。
夕方、主治医の先生からお話が。
「膠原病」ではないかと、、、。
「リウマチ熱」は?と聞くと
それも膠原病の一種と。
それから朝の先生は、
膠原病を得意としている先生だと。
「やっぱり長くかかるんだ〜」
「いや、もっと思っているより重いかも」
「そういえば、あの先生。僕が何も聞かないのに、
『大丈夫、大丈夫。この子はきっと治るから』と言って、
どういうこと?それって大変て言ってるじゃん」
そう思いながら目の前が真っ暗に。
すぐ回診があった。
先生たちがいっぱい。
うちの子を珍しそうに見ている。
あの先生が
「リウマチ熱の疑いだけど、、、、
うちにこれだけいて、誰も診たことないんだ。
ハハハ、、、」と少し笑っていた。
本当に子供と変わってあげたい。
夜のレッスンでちょっと離れましたが
付き添いのためすぐ戻り
この日は泣きながら一緒に寝ました。
4月21日(水)
朝、容態変わらず。
早朝、霧雨の中のご奉仕を終え帰宅。
がむしゃらに庭の草むしりを7時頃まで。
この子供の痛みが始まってから
終始「絶対大丈夫だから」と
時々笑みさえ浮かべている
前向きな女房殿、
子供のことで、仕事を休み
福岡へ相談へ、朝から出て行った。
「頼むよ〜」全身全霊で願った。
次男坊を幼稚園へ行かせるための
支度をしながら、涙を堪えた。
病院に戻った。
容態は変わらず。
心電図と胸部レントゲンをとった。
昼ご飯を食べ、
長男坊「眠たい」と言って、寝てしまった。
あまりにスヤスヤ寝ているので、
思わずデジカメでパシャっと。
このまま元気にならないかな、、、
ふと、このまま起きないのではとも思った。
そのとき、女房殿から電話が入った。
それからしばらくして長男坊が起きた。
「そんなに痛くない」と歩けた。
奇跡に思えた。
今でも涙が溢れる。
昼寝しているとき、女房殿からの電話の前
実家の母と、
自分のわがままで熊本に来たこと、
体調が悪いのに気づかずゴルフの練習させたこと、
子供からのサインを
これまでたくさん見逃してきたこと。
子供にもみんなにも
ただただ申し訳なく、自分のせいでこんなことに
なってしまってという思いで、
女房殿から、「笑って前向きに
いかないとね」と言われているのも忘れて、
涙しながら電話で話したばかりなのに。
主治医の先生が来て、
心臓のエコー検査。
何の異常もなかった。
他の検査結果もまったく健康そのものと。
また、歩き方が良くなった。
夜はレストランで家族そろって食事した。
明日、退院。
また一緒に寝よう。
ベッドは小っさいけど

4月22日(木)
前日より楽みたい。
無事退院となりました。
ご尽力いただいた先生方、看護師の皆さま
スタッフの皆さま本当にお世話になりました。
ありがとうございました

皆さま自身も、お身体に気をつけて、
これからもたくさんの人たちを救ってください。
「夢じゃないでほしい」と言って病院を後にしました。

ただ、ただ感謝です。
さあ、申し訳ないと思った以上に頑張らねば

うん?
で? 何だったかって?
何だったんでしょうかねえ











