世界の松下-世界のゴルフコラム

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2008年04月18日(金)

ショック

マスターズが終わりました。

 今年から、パー3コンテストの中継が加わり5日間の実

 況でした。

 優勝したイメルマンは、初日からのリードを守りきった

 見事な勝利でした。

 昨年暮に、胸に出来た腫瘍を手術し、6週間も寝たきり

 だった事を思えば「快挙」といって良いですね。

 3日目4日目イメルマンと最終組を戦ったスネデカーも、

 素晴らしいプレーをしました。

 ただ彼の、「いつもニコニコのプレーぶり」が、集中して

 いたイメルマンとは対照的で、「メジャーを闘うタイプじ

 ゃないかな?」と思わせました。

 でも彼は、ホールアウト後のインタビューで「感極まり

 泣いて」いました。

 自分の感情をコントロールしながらの「笑顔」だったの

 です。やっぱり「只者ではない」早くも今日ヘリテージ

 で好プレーを見せています。

 本当に楽しみなプレーヤーですね。

 「ショック」とは、先ずタイガーが敗れてしまった事。

 一番の原因はパットにありますが、入れる距離に

 付かないショットも酷かったですね。

 最終日は、何度もバンカーに入れていました。

 気になったのは、バンカーから出る時。キャディーの

 スティーブの助けを、何度も受けていた事。

 「おや?」と思っていた所に「ショック」なニュース

 が飛び込んで来ました。

 「タイガーが左膝の手術を行った」と言うのです。

 痛みは以前からあったようですが、仲のいいフーリ

 ックですら「知らなかった」と言っていました。

 左膝は3度目の手術。今回は、軟骨を内視鏡で

 除去したようです。

 マスターズだから無理してプレーしたようですが、

 今後の復帰は6週間位かかるようです。

 全米の前のメモリアルあたりが、復帰

 戦のなるでしょう。

 5歳の息子「ベン」の自閉症と闘うエルス。

 メジャー連続出場が70でストップしマスタ

 ーズの最終日、自宅で誕生日を祝った

 デービス・ラブV。

 沢山の「ショック」が今年のマスターズにはありました。
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2008年02月29日(金)

今年も

先日、恒例のジャンボ邸新年会に行って参りました。

 マスコミのジャンボ親衛隊を「ジャンガークラブ」と言

 い、毎年図々しく勝手にジャンボ邸に集まり、ご馳

 走になると言う、まあジャンボさんにとっては、

 大変迷惑な集まりです。

 4時過ぎにジャンボ邸に着きますと、大将はレンジで

 若手に混じって打ち込んでいました。

 既に、昨年暮れから自主トレをスタート。もう手にした

 6Iのショットのキレは、抜群でした。

 心配される腰は、昨オフに手術。今オフは、月一回の

 ブロック注射で乗り越えられそうです。

 捕まりの良いショットを次々にレンジで放ち、「此れだ

 け腰が切れればOKだよ。」と現時点では、

 満足そうでした。

 オフのトレーニングは、原点に返り「下半身の強化」です。

 なんと、若手に混じり「タイヤ引き」をガンガンやって

 きました。

 「60過ぎてタイヤ引くのは、俺ぐらいだよ。」と、

 ハードなトレーニングをこなし満足そうでした。

 このジャンボ邸のトレーニングには、石川遼も4度

 ほど参加。

 「遠くへ飛ばす魅力を持っている。」とジャンボ

 遼君に高い評価。

 「一つアドバイスをすると最後まで黙々と練習

 している。」と、その練習態度も褒めていました。

 此れまで、所謂「ジャンボ二世」はたくさん出て

 きましたが、あくまで二世でしかありませんで

 した。

 日本の男子ツアーを担ってきた男が、ようやく

 出現した「後継者」に熱い視線を送っています。

 でもジャンボさんの凄いところは、まだまだ十

 代と同じ土俵で闘って行くと言う信念を持って

 いる所です。

 私としては、ジャンボ・遼の優勝を欠けた闘い

 を是非とも実況したいものですね。

 夜の宴会は、今年もゴルフ談義で大盛り上

 がり。

 ひらめ・ステーキサラダ・鳥鍋などなど美味しい

 料理と芋焼酎。今年も、ジャンボさんご馳走様

 でした。

 大>
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2008年02月14日(木)

クローズ

2月は野球のキャンプの月

 小生も2月2日からの11日に及ぶ遠征からようやく

 帰ってまいりました。

 先ず2月2日、別大マラソン取材の為大分に渡りま

 した。

 大分と言えば、嘗て全英オープンで大活躍し、

 太平洋マスターズでは2度のV。私が始めて

 行った1981年のマスターズに出場。

 見事予選通過を果たした、「九州の鷹」

 鈴木規夫さんが居ます。

 昨年も鈴木さんそれにOBSの宮崎さん

 西村さんと一戦交えました。

 今年も対決を楽しみに大分に入りました。

 前日の天気予報は「曇り」で、寒いけど

 やる気は満々でした。

 ところが、大分空港に着くなり

 「松下さん、城島は雪ですよ。」

 と規さんの「正に、冷たい一言」

 別府市内からも程近い城島高原ですが、

 標高は800m位。

 「とりあえず、いってみる?」との事で

 規さんの車で向かいましたが、コースは

 一面銀世界、まるでスキー場のゲレンデ

 状態でした。

 此れではプレーはとても無理です。

 コース隣接のホテルでコーヒーを

 頂き、泣く泣くコースを後にしました。

 早めに入った別府のホテルでゆっくり

 温泉につかり、夜は「年一」の「河豚」

 に舌鼓をうち、何とか鬱憤を晴らしました。

 規さん、何とか今年中に御手合わせを。
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2008年01月23日(水)

マスターズ

今年もPGAツアーは華やかに開幕

 先週のボブホープで丸山茂樹が1Rトップタイ

 65の好スタートも、早くも花粉症で2R

 から急降下して、結局リタイアとなってしまいました。

 然し、今田が頑張り16位タイに入りました。

 いよいよ今週のビユイックから、タイガー・ミケルソン

 のビッグネームも登場し、マスターズへの道が

 活況を呈してきます。

 その2008マスターズ「特別招待」の3人が発表

 になりました。

 私は、石川遼への「淡い期待」をしていましたが、

 「ハニカミ」の名前はありませんでした。

 彼が「プロ宣言」したのは、「期待のアマチュア」として

 オーガスタからのインビテーションが無かった

 からだと私は思います。

 で、招待をうけたのは中国のリャン・ウェンチョン、タイ

 のプラヤド・マークセン、そして2年連続でインドの

 ジーブ・ミルカシンです。

 少し前なら、日本人が一人は入ったと思いますが

 残念ながら見送り。

 上記3人はアジアンツアーの実力者であい、

 日本のファンのもお馴染みです。

 それと3人は、アジアンツアーがヨーロッパと

 融合した中で力を発揮している為、世界的に

 も名前が知られているわけです。

 なにか、どんどん我が国が「取り残されて」行

 く感じがします。

 今年からようやく日本ツアーもパナソニックや北京

 での大会で国際化に向かいます。

 私は「今からでも遅くない」と思っていますが、

 「やるからにはより積極的に」とは思って

 います。
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2008年01月08日(火)

スタート

2008年がスタートしました。

 私は、元日恒例の「ニューイヤー駅伝」の中

 継で仕事はじめ。

 4日にホームコース「成田ゴルフ倶楽部」で

 初打ちをいたしました。

 USPGAツアーは、ハワイの「メルセデス選

 手権」で開幕。

 いきなりプレーオフとなる「波乱」の幕開け

 でした。

 2007シーズンのチャンピオンのみに参加

 資格がある大会ですが。

 今年もタイガーは不参加。F・ミケルソン

 A・スコットも不在で寂しい開幕戦でした。

 優勝は日没寸前まで縺れ、D・チョプラが

 凱歌をあげました。

 もう一人のプレーオフ進出者S・ストリッカ

 ーは、第4Rの18Hバーデイーで追いつい

 た勢いを感じさせたものの、プレーオフの

 最初の18Hの第3打が「大問題」でした。

 グリーンギリギリに2オンしたチョプラは、

 当然マークしました。

 僅かにグリーンの外だったストリッカーは

 「パター」でアプローチ。

 4Rをノーボギーの64で上がってパターも

 「絶好調」のストリッカーだけに、チップイン

 イーグルもあるかと思われました。

 ところがなんと、グりーンでそのボールが

 「ジヤンプ」してラインを外れてショートしま

 いました。

 「ジヤンプ」の原因はチョプラの「マーカー」

 の「コイン」です。

 当然、チョプラに「非」は無く、「マークの移

 動を要求しなかったストリッカーが悪い。

 ライン上で無かったと思ったとしても、

 念には念を入れておくべきであった。

 2年連続の「カムバック賞」を受賞した

 ストリッカーでしたが、ボールの

 ナイスカムバックはありませんでした。
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