宮本 卓 オフィシャルサイト

プロフィール
最新トラックバック
2008年03月14日(金)

It's All Right




広いアメリカ大陸を旅していていると予定通りにいかないことをイヤっと言うほど感じさせられる。

日本の鉄道なんかは、分単位、秒単位で規則正しく運行されていて、それが当たり前だという感覚は日本人ならば誰しも持っているだろう。

トーナメントを取材していて目的地まで直行便があれば問題ないが、たいていは乗り継ぎせざるをえない。

たとえ出発地点の天気が良好でも、乗り継ぎの空港や到着地点が悪天候の場合予定は大幅に狂ってくる。







あるとき、乗った飛行機がゲートを離れ滑走路に向かって動き始めた。

窓の外を何気なく眺めていたそのとき、機体は急停車した。

なんだろうと思いながらも持ってきた本を読み始めた。

10分ほど過ぎた頃にやっと機内アナウンスがあり,電気系統の故障なのでしばらく待って欲しいとのことだった。









しかしそれから30分経っても、1時間経っても一向に動く気配がない。

それどころかエアコンが切れ、炎天下の機中は我慢の限界に近づいていた。

乗客もざわつき始めたそのとき、前の方から指でテンポを取りドゥウアップのコーラスが始まった。

「It's All Right」

カーティス・メイフィールドの名曲、後にヒューイ・ルイス&ニュースが歌っていた。









よく見ると黒人の4人組でプロなのかアマチュアなのかはわからないけれど、見事なハーモニーだ。

いつしか乗客全員がコーラスに加わり大合唱となった。

「It's All Right」









きっと乗客ひとりひとりが乗り継ぎの心配をしたり、仕事の約束を気にしたり、恋人との待ち合わせに気をもんだり、それどれに事情を抱えていたに違いない。

でもこの一瞬、ストレスが一気に解放された。

そうだよな、「It's All Right」

ぜんぜん大丈夫!

こういったところがアメリカの好きなところだナ。








そして夜、酒を飲みながらきょうの長かった一日のことを考えた。

世の中思い通りに行くことなんてホントに少ないんだから・・・。

心の中でそうつぶやくと、少しだけ気持ちが軽くなった。






PS:写真展のお知らせ

写真家 宮本卓が見たアメリカでの素顔

宮里藍写真展 ひとりじゃないから・・・・・。

平成20年3月18日(火)→23日(日)

名古屋栄三越 7階催物会場

開場時間:午前10時→午後7時30分

入場料:一般・大学生 税込 300円 

※高校生以下 無料




ひとりじゃないから・・・・・・。



気がつけば、ひとりじゃないから、

大空に 翼を広げて 夢追える。

空のように 海のように

あふれる夢の温もりが、

ブルーな私も 包んでくれる。

夢と一緒に歩いていれば、

未来(あした)の私に 笑顔で逢える。

2008年02月17日(日)

Young Boy Blues




昔、地域名で呼ばれていたトーナメントが多かったが、最近では主催者の企業名を冠にしたトーナメントが当たり前だ。


毎年ハワイで行われるパール・オープンは今年30回目を迎えた。


このトーナメントはホンダの創業者の本田宗一郎氏がポケットマネーで始めた大会で、ホンダ色を前面に出さずに今日まで続けてきた。









世界中を旅していて日本製品を見ない国はないといえるだろう。


今の日本がこのような経済大国になった陰には、このような理念とビジョンをしっかり持った経営者が地域と密着しながら根ざしていったからに他ならない。


本田氏はこの大会を開催するに当たっていくつかの理念をもうけた。


そのひとつにプロとアマが同じ土俵でプレー出来る機会を与えるとあった。









今年はこの大会にジュニアのアマチュアが沢山参加していた。


もちろん石川君の活躍が大きく影響していることは間違いない。









怖い物知らずの若い選手のプレーを見ているとドキドキ、ハラハラさせられながらついつい引き込まれてしまう。


ベテランのプロになるほどゴルフの怖さを知り、コースマネージメントをしっかりとした無理のない試合運びとなる。









老いた者は若さを羨ましがり、若い者は技術のなさの己を知る。


パール・オープンが30年を迎えた今、オフシーズンの調整の大会からゴルフの心を学ぶ大会へと・・・。


本田氏は以前経営難に陥ったとき二輪のマン島レースやF1など世界のビッグレースに参戦することによって、従業員の士気高揚をはかり経営を立て直した。









本田氏は言い続けた。


「チャレンジしての失敗は恐れるな。何もしないことを恐れろ」


石川君のプレーを見ていると忘れていたものを思い出したような、ふとそんな気にさせられた。


2008年01月30日(水)

The Shadow Of Your Smile

アメリカでの現在最大の関心事は大統領の予備選挙だ。

特に民主党のオバマとヒラリーの戦いは混沌としてきた。

ちょうどタイガーがマスターズ初優勝した97年に「政界のタイガー・ウッズ」

としてイリノイ州議会議員に初当選したオバマは、その後10年で大統領候補

に駆け上った。






ブッシュ親子からクリントン夫婦へのたすきがけ政権か、「チェンジ!」を合い言葉に掲げ

るオバマか。

来月のスーパー・チューズデイに向け二人の接戦は激化する。








ゴルフ界ではアーノルド・パーマーが活躍した時代、ヒール役として登場したジャック・ニ
クラスが瞬く間に主役の座を奪い、その後もリー・トレビノ、ジョニー・ミラー、トム・ワ
トソンの猛追にも耐え大記録を打ち立てた。

ニクラスは言った。

「わたしにはいつでも、メジャーの勝ち方を知っている良きライバルがいた。タイガーには

ライバルがいない。タイガーのゴルフに欠点はないが、挑戦者が必要だ








今回のビュイック招待の試合はまさしくタイガーの一人旅だった。

タイガーは今挑戦者と戦っているのではなく、ゴルフコースとの勝負となった。

そのゴルフコースでさえ、タイガーに敗れているのだ。








向かうところ敵なしような状況だが、タイガーはまるで財布に一円もないような勝利への意欲がある。

この異常なまでの闘争本能を育てたのは、ベトナム帰還兵の父・
アール・ウッズではなく母親のクルチダだと言われている。

「さあ、全員をやっつけなさい。スポーツマン精神を発揮するのは、試合が終わってから
よ。まずは、相手の息の根を止めなさい。相手を勝たせてはいけま
せん」








われわれは今めったに出会うことのない、何か特別のものを目撃していることは間違いない。

ゴルフというゲームを超越した何かを見ている。






2008年01月17日(木)

Rock and Roll

昨年の末19年ぶりにレッド・ツェッペリンがロンドンで一夜だけの再結成ライブを行った。


彼らが活躍し始めた70年前半僕は中学生で、ちょうど日本ではフォークソングがブームだった時代なんだけれど、それらとは全く違う彼らの音楽スタイルはまさしく衝撃的なものだった。


なかでも4枚目のアルバムは最高傑作といわれ、代表曲の「天国への階段」の他に僕の大好きな「ロックンロール」が入っている。


ニュースでこの再結成の話を知ったとき、自分よりも一回りも上の人たちがあの高音の伸びのある声、スピード感あふれるギター、グルーブ感のあるリズムを演奏するんだと思うと、僕の中で何かが転がり始めた









今年もゴルフのツアーを追いかける旅が始まった

ほとんどが同じトーナメント会場を訪れることが多く、20年もやっているとマンネリ化する恐怖感がある。

そのため年の初めにはどういう1年にしようか自分なりに目標を立てて挑むようにしている。








50歳という年齢がどういうものなのかは、僕にはわからない。

昔50歳の人たちを見て随分オッサンだなぁと感じたが、その年齢に自分がなってみて若いという感覚はさすがにないけれど、老け込みたくはないという気持ちは強い。


体力的には確かに忍び寄るものは感じるけれど、精神的にはまだまだと自分に言い聞かせている。


いつもより500ミリの望遠レンズが重く感じる。






良い写真とは何なのか・・・。


オートフォーカスが当たり前になりデジタルが主流になると失敗はなくなり、誰にでも写せるようになった。


しかしその便利さとは引き替えに写らなくなった大切な何かがあるように思えてならない。








写真には、その風景や人や物が発する「気」のようなものを受け取り、肉眼には見えない「何か」を写し取る力があるのではないか。


そしてそれが定着できたとき、初めて現実を超えた力や美しさが写真に「写る」のではと。


そんな写真が撮れたらいいなぁ・・・。









そうだ、まだまだ転がり続けよう。


「ロックンロール」しなくっちゃぁ。





2007年07月05日(木)

Independence Day


スポーツ界での選手の低年齢化が話題になっている。

先週の全米女子オープンを初制覇したクリスティ・カーも若くしてプロ入りしたひとり。

ジュニア時代全米の代表にも選ばれ高校を卒業と同時にプロ入りした。

しかし初優勝はそうは簡単にはやって来なかった。


14番のバーディで追いすがるオチョアを引き離した




父マイケルはこれまでクリスティの人生の良き指導者として、また生き甲斐として、時にはキャディとして自分の全身全霊をかけて力を注いできた。

それはクリスティにとっても同じだった。

その当時父親は一打一打すべてに口を出していた

ツアーも18ヶ月が過ぎた頃クリスティはある決断をした。


初優勝へ一歩一歩



スケジュールの管理を自分でする、お金の管理も自分でする。それに体重の管理も自分でしようと考えた。

そうして父親からの自立

「それは決して簡単なことではなかった。もういいだろうと言うのはね。」

とクリスティは振り返る。

自分ことは自分でする。

自分の気持ちをコントロールするのに十分な年齢になったということか。


ミッシェルの行く先は?



それまで好きだった揚げ物の食事をやめて、ほうれん草サラダとフルーツジュースを楽しむことを覚えた。もちろんエクササイズも欠かさずに。

それまでの彼女の体重は78キロで今の彼女からは想像できない体型だった。

それがたった2週間で56キロと見違えるような姿に変貌した。


夢が叶った



それから程なくツアー初優勝。

そして今回念願のメジャーを手にした。

ウイニングパットを決めた後クリスティはその場に泣き崩れてしまった。

そして走り出し大きくジャンプして飛びついた先は父親ではなく昨年暮れ結婚したばかりの夫エリックだった。


よき理解者



きょう7月4日はアメリカでは数少ないナショナル・ホリデーのひとつ「Independence Day(独立記念日)」だ。

国の独立を祝う。

クリスティも自分の自立(Independence)した日を忘れることはできないだろう。
2008年03月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
http://blog.golfdigest.co.jp/user/miyamoto/index1_0.rdf
リンク集






このブログサービスは「ゴルファーズブログ」で運営しています。
GDOクラブ会員なら無料でご利用いただけます。

※本ブログにお寄せいただいたコメント、およびトラックバックは、内容により運営スタッフにて、予告なく削除する場合もございますので予めご了承ください。