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Amazing Grace
[2008年06月22日(日)]


21世紀に入り全米ゴルフ協会はある方針転換を図った。

これまで全米オープンは伝統的で排他的な名門コースでの開催が当たり前で、ごくまれにペブルビーチのようなパブリックアクセス可能なコースもあったが、高級リゾートなのでおいそれとプレー出来るものではなかった。

そこで協会は今までは考えられなかった市民ゴルフコースでの開催に踏みきった。




トーレーパインには多くのギャラリーが集まった





その第一回が2002年に開催されたニューヨーク・、マンハッタン近郊のベスページGC.。

このコースは普段市民に開放されていて誰でも安い金額でプレーできるコースだ。

9・11の事件があった後ではあったが、普段そこでプレーしている消防士たちもギャラリーとして大会を大いに楽しんだ。



膝の痛みに耐えながらのプレーが続いた



その大成功を受けて今年の全米オープンは西海岸を代表する市民ゴルフ場トーレーパインで行われた。

このコースではよくジュニアの試合が行われており、この地区で育ったプロたちも小さい頃父親とともによくプレーした場所だ。

タイガーもその一人で色々な思い出が詰まったコースだったはず。

今回はマスターズ後に膝の手術をしてこの大会が復帰戦となった。




トーレーパインには色々な思い出が・・・





今回は予選ラウンドが地元出身のフィル・ミケルソンとのペアリングだったこともあり、異様な雰囲気の中で試合が進んでいった。

そして3日目、タイガーの膝は限界に来ていた。苦痛に耐えながらドライバーを振る。ボールは信じられないぐらい曲がったが、執念でグリーンに乗せる。そして・・・イーグル。



ゴルフの神様につつまれて




最終日18番ホールでバーディパットを決めたとき、今までに見せたこともない雄叫びをラ・ホヤの海に向かって何度も何度もあげた。

今は無き父親と幼い頃来た場所での最高のプレー。

翌日のプレーオフで勝利を収めると、あれほどプライベートな部分を出さなかったタイガーが18番グリーンでエレンからサムを受け取り抱き上げた。



この試合はいつまでも語りぐさになるであろう



父親に戻ったタイガーの顔はどこまでも優しかった。

忘れられない父の日になったなぁ。

Cold Sweat
[2008年04月22日(火)]

ジョージアを歌った曲には切ないものが多い。

レイ・チャールズの「Georgia On My Mind」、グラディス・ナイトの「Midnight Train To Georgia」それにブルック・ベントンの「Rainy Night In Georgia」

どれも心にグッと染みこんでくるような味わいだ。

これは深南部と言われたジョージアの歴史がそうさせているのかもしれない。

マスターズの開かれるオーガスタは深南部を代表する街で、アフリカ系アメリカ人の教会が初めて出来たのもこの街だ。





舞台の幕が開くようにコースに朝日が差し込む





極貧の家庭で育った「キング・オブ・ソウル」ことジェームス・ブラウンは幼くして叔母さんの住むオーガスタに預けられた。

父親からもらったハーモニカが唯一のおもちゃで、毎日それを吹きながら寂しさを紛らわした。





ボビー・ジョーンズは何故この地を選んだのか





オーガスタは基地の町としてでも有名で、田舎町にも関わらず慰問のためか沢山の有名ミュージシャンが演奏に訪れた。

その影響かジェームス・ブラウンはめきめき頭角を現し、「ゴスペル」から「ソウル」そして「ファンク」へと音楽の形を変えていった。





今年もパーマーのオナラリー・スタートで試合は始まった





1968年4月、非暴力での公民権運動を指導したマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された。


その日から全米各地で暴動が発生した。

キング牧師とも親交のあったジェームス・ブラウンはラジオを通じ「平静を保つことでキング牧師の名誉を称えよう」と訴えた。

そして翌日のボストンでのコンサートでもライブをテレビで生中継させ、「暴力に訴えることは彼の魂を救うことにはならない」と人々に自制するように呼びかけた。





満開の花の中、ギャラリーは至福の時間を楽しむ





黒人として差別され、時代の流れの中で闘う中で、ブラック・アメリカンの代表者の一人となった男。

一昨年暮れに73歳の生涯を閉じた。

オーガスタで行われた葬儀では街の人々が彼の残した音楽界への業績と人生を讃えて最後のお別れをした。





舞台作りに妥協を許さない




このオーガスタの街にはボクのゴルフと音楽のルーツが住みついている。

試合が終わりコースを出て、花水木の花が満開の「ジェームス・ブラウン大通り」と名付けられた道をゆっくりと車を走らせた。

It's All Right
[2008年03月14日(金)]




広いアメリカ大陸を旅していていると予定通りにいかないことをイヤっと言うほど感じさせられる。

日本の鉄道なんかは、分単位、秒単位で規則正しく運行されていて、それが当たり前だという感覚は日本人ならば誰しも持っているだろう。

トーナメントを取材していて目的地まで直行便があれば問題ないが、たいていは乗り継ぎせざるをえない。

たとえ出発地点の天気が良好でも、乗り継ぎの空港や到着地点が悪天候の場合予定は大幅に狂ってくる。







あるとき、乗った飛行機がゲートを離れ滑走路に向かって動き始めた。

窓の外を何気なく眺めていたそのとき、機体は急停車した。

なんだろうと思いながらも持ってきた本を読み始めた。

10分ほど過ぎた頃にやっと機内アナウンスがあり,電気系統の故障なのでしばらく待って欲しいとのことだった。









しかしそれから30分経っても、1時間経っても一向に動く気配がない。

それどころかエアコンが切れ、炎天下の機中は我慢の限界に近づいていた。

乗客もざわつき始めたそのとき、前の方から指でテンポを取りドゥウアップのコーラスが始まった。

「It's All Right」

カーティス・メイフィールドの名曲、後にヒューイ・ルイス&ニュースが歌っていた。









よく見ると黒人の4人組でプロなのかアマチュアなのかはわからないけれど、見事なハーモニーだ。

いつしか乗客全員がコーラスに加わり大合唱となった。

「It's All Right」









きっと乗客ひとりひとりが乗り継ぎの心配をしたり、仕事の約束を気にしたり、恋人との待ち合わせに気をもんだり、それどれに事情を抱えていたに違いない。

でもこの一瞬、ストレスが一気に解放された。

そうだよな、「It's All Right」

ぜんぜん大丈夫!

こういったところがアメリカの好きなところだナ。








そして夜、酒を飲みながらきょうの長かった一日のことを考えた。

世の中思い通りに行くことなんてホントに少ないんだから・・・。

心の中でそうつぶやくと、少しだけ気持ちが軽くなった。






PS:写真展のお知らせ

写真家 宮本卓が見たアメリカでの素顔

宮里藍写真展 ひとりじゃないから・・・・・。

平成20年3月18日(火)→23日(日)

名古屋栄三越 7階催物会場

開場時間:午前10時→午後7時30分

入場料:一般・大学生 税込 300円 

※高校生以下 無料




ひとりじゃないから・・・・・・。



気がつけば、ひとりじゃないから、

大空に 翼を広げて 夢追える。

空のように 海のように

あふれる夢の温もりが、

ブルーな私も 包んでくれる。

夢と一緒に歩いていれば、

未来(あした)の私に 笑顔で逢える。

Young Boy Blues
[2008年02月17日(日)]




昔、地域名で呼ばれていたトーナメントが多かったが、最近では主催者の企業名を冠にしたトーナメントが当たり前だ。


毎年ハワイで行われるパール・オープンは今年30回目を迎えた。


このトーナメントはホンダの創業者の本田宗一郎氏がポケットマネーで始めた大会で、ホンダ色を前面に出さずに今日まで続けてきた。









世界中を旅していて日本製品を見ない国はないといえるだろう。


今の日本がこのような経済大国になった陰には、このような理念とビジョンをしっかり持った経営者が地域と密着しながら根ざしていったからに他ならない。


本田氏はこの大会を開催するに当たっていくつかの理念をもうけた。


そのひとつにプロとアマが同じ土俵でプレー出来る機会を与えるとあった。









今年はこの大会にジュニアのアマチュアが沢山参加していた。


もちろん石川君の活躍が大きく影響していることは間違いない。









怖い物知らずの若い選手のプレーを見ているとドキドキ、ハラハラさせられながらついつい引き込まれてしまう。


ベテランのプロになるほどゴルフの怖さを知り、コースマネージメントをしっかりとした無理のない試合運びとなる。









老いた者は若さを羨ましがり、若い者は技術のなさの己を知る。


パール・オープンが30年を迎えた今、オフシーズンの調整の大会からゴルフの心を学ぶ大会へと・・・。


本田氏は以前経営難に陥ったとき二輪のマン島レースやF1など世界のビッグレースに参戦することによって、従業員の士気高揚をはかり経営を立て直した。









本田氏は言い続けた。


「チャレンジしての失敗は恐れるな。何もしないことを恐れろ」


石川君のプレーを見ていると忘れていたものを思い出したような、ふとそんな気にさせられた。


The Shadow Of Your Smile
[2008年01月30日(水)]

アメリカでの現在最大の関心事は大統領の予備選挙だ。

特に民主党のオバマとヒラリーの戦いは混沌としてきた。

ちょうどタイガーがマスターズ初優勝した97年に「政界のタイガー・ウッズ」

としてイリノイ州議会議員に初当選したオバマは、その後10年で大統領候補

に駆け上った。






ブッシュ親子からクリントン夫婦へのたすきがけ政権か、「チェンジ!」を合い言葉に掲げ

るオバマか。

来月のスーパー・チューズデイに向け二人の接戦は激化する。








ゴルフ界ではアーノルド・パーマーが活躍した時代、ヒール役として登場したジャック・ニ
クラスが瞬く間に主役の座を奪い、その後もリー・トレビノ、ジョニー・ミラー、トム・ワ
トソンの猛追にも耐え大記録を打ち立てた。

ニクラスは言った。

「わたしにはいつでも、メジャーの勝ち方を知っている良きライバルがいた。タイガーには

ライバルがいない。タイガーのゴルフに欠点はないが、挑戦者が必要だ








今回のビュイック招待の試合はまさしくタイガーの一人旅だった。

タイガーは今挑戦者と戦っているのではなく、ゴルフコースとの勝負となった。

そのゴルフコースでさえ、タイガーに敗れているのだ。








向かうところ敵なしような状況だが、タイガーはまるで財布に一円もないような勝利への意欲がある。

この異常なまでの闘争本能を育てたのは、ベトナム帰還兵の父・
アール・ウッズではなく母親のクルチダだと言われている。

「さあ、全員をやっつけなさい。スポーツマン精神を発揮するのは、試合が終わってから
よ。まずは、相手の息の根を止めなさい。相手を勝たせてはいけま
せん」








われわれは今めったに出会うことのない、何か特別のものを目撃していることは間違いない。

ゴルフというゲームを超越した何かを見ている。






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