空を知る
2007年02月06日(火)

今日はほんの少しユルマジめな(※ユルくてまじめな)雰囲気で、
筆者モトギがゴルフにハマることになった「きっかけ」について書いてみたいと思います。
それは今から五年前の出来事です。
筆者モトギフミオは、エッセイとかコラムとか、あるいは無記名の雑誌記事とかを書く仕事をしておりますが(コピーライターや企画などもしておりますが)、
そのとてつもなく暑い夏のある日に、雑誌の取材で山形県のすごーくささやかな小さな田舎街に滞在していたのでした。
取材期間は1週間。仕事は順調でした。
くる日もくる日も取材につぐ取材。
しかし、長い取材期間があると、その合間にはヒマな時間がポッカリとできたりします。
「んじゃ、何かすんべえ」と編集者が言い出して、宿泊先の近所をブラブラとしている時に「それ」を見つけたのでした。
「それ」とは、山奥のキャンプ場に併設された「パークゴルフ」という遊戯場。
パークゴルフとは、要するにゲートボールのような大きな玉で打つ簡単なゴルフです。コースもぐんと小さくて粗末。
もちろん僕は最初からバカにしておりました。つまらなそうなので、編集者とカメラマンとで夕食代を賭けました。
しかし、3ラウンドやって、1ラウンドめで千円を失い、それを取り戻そうとして望んだ2ラウンドめの1番ホール。第二打を「その小さな穴」に極力寄せて打とうと集中していた頃から.......
今思えばズッポリと、ハマっておりました。
それはひさしぶりの感覚。
何も考えない。
ボールのこと、だけ。
それ以外はな〜んにも考えない。ゼロになる。
のべ二十日にもわたる取材のこと、雑誌の扱いの大きさのこと、編集者やカメラマンとの関係のこと、気遣い、テーマ、プレッシャー。
取材のプレッシャーは、編集者と、雑誌と、取材対象と、読者の4方向から襲いかかるのです。しかも筆者は疲れていました。
肉体と神経が疲弊して悲鳴をあげておりました。
それがすべてゼロになったのです。最後には「金」のことさえ忘れておりました。
「コレは面白れぇ! 面白くない?」
「面白い面白い」
取材仲間の誰もが、それまでゴルフというものをバカにしていた連中でした。サーフィン、スキューバ、テニス、オートバイ、スカイダイビング。そんな世界で遊んでいた肉体が、まさかこんな、小さな玉コロを棒切れで穴に入れるだけの行為に熱中させられるだなんて、考えもしなかったのです。
それからです。本物のゴルフ熱が始まったのは。
中古のゴルフクラブ、素振り、ビデオ、レッスン、そして練習場通い。我を忘れる時間を一分でも増やしたかったのです。仕事の依頼やプレッシャーは増えるばかりで、それはそれで楽しいけど、なにしろ「モノ書き」という職業柄、寝ても覚めても、音楽を聴いてても、映画を見ても、酒を飲んで人と話しても、すべてそれは、仕事。
「意識」というものがあるうちは、常に観察して、アイデアをひねり出し続けなくてはなりません。
アタマが休まるヒマなどありません。
ただ、あの白いゴルフボールを、まっすぐに、自分の意志で、どこまでも遠くに、
そして、なるべく近くに寄せて打つ、その瞬間だけは、すべてが「空」になる。
それが、ゴルフ。
筆者モトギは今でも、練習場のケージの中で、ただ黙々とボールを打つ人々の姿を眺めていると、いつも思うのです。
もはやこれは「禅」ではないのか? と。
「ゴルフなんてバカみたいじゃん」と公言する方がもしこれを読んでいるとしたならば、
おそらくアナタは正しい。
ゴルフはバカになるためのスポーツです。
だから背負ったものが大きくなった人ほどハマる。彼らは「バカになりたい人」なのだ。
心の隙間に忍び込もうとする退屈や卑屈や不安や孤独や煩雑や苦悩や煩悩や無力感や虚無感や喪失感を排除するために、
仕事と家庭以外のアタマのすべてのスペースを、今日も「ゴルフのことだけ」で埋めつくしたいと願う人々。
それは自分自身であり、また、愛すべきアナタの姿。
もはやスポーツというものの意味を越えた「生き方」としての姿。
“I AM A GOLFER”(筆者はキャロマニだけど)
それに、こうも思うのですよ。
仕事とか家庭とか健康面とかモロモロのことがうまくいっていないと、ゴルフはできませんよね。(特に金銭的に)
ということは、逆に言えば、「きちんとゴルフが楽しめているうちは、すべてが万事快調なのではないのか」と。
違うでしょうか?
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