GDOお得情報:
ゴルフ用品ランキング






2008年09月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
http://blog.golfdigest.co.jp/user/motogi/index1_0.rdf にほんブログ村 ゴルフブログ ゴルフ用品へ

わたしは素振りをします。

2008年09月17日(水)
よく、人から「毎日素振りしてて偉いね」と言われます。

近所の方からも「頑張ってるねぇ」と言われます。

でも、私が毎日毎日、素振りするのには理由があります。

それはラウンドする金がねえからだよ!



我が家の家計はサブプライムローン問題のあおりをモロに受け、瀕死状態なのでございます。(でも、あの時、株をすべて売っておいてよかったぁ〜)

サブプライムローン問題のせいで、職も失い、ただいま求職中でございます。



不安が頭をかけめぐります。

素振りをします。

不採用となり、履歴書が戻ってきます。

素振りをして忘れます。

銀行預金の残高が減り続けます。

さらに素振りに熱が入ります。

迷いはあるけど、悩みません。(自分の心は痛めません)

ただ、素振りをしてから、次の行動に移るのみ。



ゴルフの仏様が枕元に立って、こう言いました。
「オマエにラウンドする金も与えないのは、今ここできちんとしたフォームを身につけさせるためだ」と。



素振りは無欲です。
輪廻(8の字ループ)からの解脱の法であり、
涅槃(EVEN)への悟りの道なれば、
それは「空」にして、そこに奇麗も汚いもなく、
スコアもハンデも弾道も曲りもOBも池もなく、
もちろん見栄もありません。
ただオン・プレーンがあるのみ。

だから私は素振りを続けます。




ラウンドするがいいさ…
Posted by モトギフミヲ at 12:46  / ゴルフ般若心経  / この記事の詳細
 / この記事を編集  / コメント(2)  / トラックバック(2)

ボスに会う。

2007年12月03日(月)

ゴルフとはまるで、仏法の実践のようなゲームである。
「EVEN」という涅槃の世界への到達の方法を我々はさぐる。

時には自分で悟り、
時には教えを請う。
誰に教えを請えばいいかは、直感でわかる。
ハンデは少なければ少ないほど、いい。
スイングや考え方は、似ていれば似ているほど、いい。
アンダーで回る人は、それすなわち涅槃の世界の住人である。その人がアマチュアの場合、「在家の高僧」とも呼べるだろう。

ボスに会う。

私はモノカキをしていたので、ネットで知りあった人とは基本的に仕事以外での接触をほとんどしないのだけれど、ボスには会った。

こんな書き方も失礼だけど、本物のボスは、ブログよりもっと「チャーミング」なお坊さまでした。 そして成功する人に特有の、笑顔と、衰えることを知らないエネルギーと、頭脳とやさしさと、完璧なスイングプレーンを持っていた。日蓮や親鸞や一休さんなどのように、放っといても周囲に人と仕事が集まってきてしまうタイプの人のようだ。

日本で最も高いと言われる練習場のボールをおしげもなく使って、「基礎に到達するための修正イメージ」を教えてもらった。「ビデオを見て(己を見て)スイングを作る」ということを教えてもらった。

誤解を恐れずに言えば、
ボスのスイングを見ていると、傲慢ではなく「あ、オレはシングルになれるな」と、ごく普通に思える。
ゴルフというのはムダをどんどんはぶいてスコアを減らしてゆくスポーツだから、ムダがたくさん見つかれば見つかるほど、「なすべきこと」が見つかれば見つかるほど、スコアを削るための要素に事欠かない。

それくらいボスのスイングにはムダが、ない。
それくらいオレのスイングは、ムダだらけ。
すべてとは言わずとも、その半分くらいのムダを直したら、10打くらいは簡単に縮まってしまうだろう。
そう思わせてしまう、不思議な、そしてシンプルな教え方(理論)だった。
(やっぱ上手めぇぇ)

とりあえず日曜日に自分で練習。
打球の方向(着地点)はまったく追わず、(ま、だいたいどこに飛んでいったかわかるし)
ただビデオだけ毎回見てフォームを作ってゆく作業。
しかし、「イメージ」と「実際」の差の、なんと大きなことよ!
しかし、「ほんのちょっと良くなってきた」だけで、
なんと楽しいことよ!




オレの兄にすげえ喋り方が似てたよボスに訊け!


Posted by モトギフミヲ at 12:26  / ゴルフ般若心経  / この記事の詳細
 / この記事を編集  / コメント(1)  / トラックバック(0)

さよなら塾長

2007年10月02日(火)
ゴルフを愛してやまない、ひとりの紳士が、
9月30日の早朝、ガンのため息をひきとられました。
68歳の生涯でした。

この紳士がゴルフの話をしていない場所に同席したことは
一度もないので、純粋な意味でもっとも歳の離れた
ゴルフ友達とも呼べるかもしれません。

しかしそれ以前に、この紳士は片手ハンデのシングルプレーヤーであり、
クラブシニアチャンピオンなどの戦績を数多く残した
偉大なアマチュアゴルファーであり、
ある意味、僕の先生でした。

「パーを取り続けてゆくイメージ」というものを、
私は彼のプレーを見て網膜に焼き付けておりました。
それはどこまでも粘り強く、決定力があり、
颯爽としておりました。



ハッキリと言葉にして、
彼から教えられたことは、4つ。

1、「絶対に打込んではいけない場所」を必ず判断してから打て。
2、アプローチは可能な限り転がせ。
3、シミュレーション(素振り)と本番(実打)で違うことをしてはダメだ。
4、打つ時にアタマに浮かべられることは1つだけ。


私は今でもそれを守り通していますし、
ゴルフというスポーツを続けてゆく以上、
死ぬまで彼の教えを守り続けてゆくことになります。

というか私は、毎打席、彼のことを思い出しながら
生涯ラウンドを続けてゆくことになります。
(オビワン現象?)



さよなら、塾長。
さよなら。

あなたのゴルフに対する真摯な態度が、好きだった。
最後まで集中力を切らさず、
どんな酷いピンチでも
決してボギーをあきらめない姿勢をマジで尊敬していた。

塾長、あなたは本当に強かった。
あなたは「人の技量」というものを簡単に見抜いてしまうほどの技量の持ち主だったから、決して私など相手にしていなかったけれど、
でも、私はあなたにいつか、勝ちたかった。
もっと一緒に、ずっと一緒に、
ゴルフをしたかった。

さよなら塾長。
さよなら。

またいつかお会いいたしましょう。
天国にもゴルフ場は、あるはずです。






塾長が愛した相模湖カントリークラブ


HOME
Posted by モトギフミヲ at 12:44  / ゴルフ般若心経  / この記事の詳細
 / この記事を編集  / コメント(1)  / トラックバック(0)

ゴルフ般若心経

2007年09月16日(日)


ゴルフとはまるで、仏法の実践のようなゲームである。
「EVEN」という涅槃の世界への到達の方法を我々はさぐる。

般若、ハラミタ、心経。


今日、悟ったこと。その、1。

ショットの際、一通りのルーティーンを終えて、
「さて打つぞ」という瞬間に、
「無心で何も考えずに打て」とプロは言うが、
煩悩にまみれた我々下界僧に「無心になれ」というのは不可能である。(特に、テイクバックの切り返しの瞬間)

そんなとき私は「美しく打とう」とだけ考える。
「美しく打つ」というのは、
もちろん弾道も美しい「総合的なイメージ」だ。

すると上手くゆく確率が増えることに気がついた。
般若、ハラミタ、心経。


今日、悟ったこと。その、2。

最近、ボールコンタクトとスイングの理論がほぼ理解できたので、見よう見まねで「フックボール」というのが打てるようになった。
けれど「スライス」と違って、曲がり幅を自由に調節できるわけはなく、ドローボールでフェアウェイを綱渡りするような器用なマネはまだできない。
つまり「使いものにならない」。

私はスライサーである。
すべてのゴルファーは、「スライサー」か、「フッカー」のどちらかで生まれ落ちるようにできている。
それは、タイガーであろうとも、ベン・ホーガンであろうとも同じである。
それは「業」である。

「業」を葬り去ることは不可能である。

だから私は「フックを打つ技術と理論」を使って、
スライスの幅をどれだけ調節できるのか、
フェードを磨いて「どれだけストレートボールに近づけられるのか」に
挑戦すべきであろう、と思った。

すると上手くゆく確率が増えることに気がついた。
般若、ハラミタ、心経。


「理想の弾道」のイメージは、「平均台」のような、
あるいは単車免許の実技試験の「一本橋」のような細さである。
力まず、一気にスムーズに、イメージをトレースすべし。
イメージに近ければ、そのボールは飛ぶ。



般若、とりあえず道具に頼るべしスライスしづらいドライバー特集
Posted by モトギフミヲ at 18:35  / ゴルフ般若心経  / この記事の詳細
 / この記事を編集  / コメント(2)  / トラックバック(0)
PR (詳細)






ブログのURL送信
このブログサービスは「ゴルファーズブログ」で運営しています。
GDOクラブ会員なら無料でご利用いただけます。