2007年11月
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最終戦で賞金女王が決まった、劇的なシーズンは!?
[2007年11月25日(日)]

今季、最終戦を前にして賞金女王を獲得した上田桃子 シーズン中盤までは僅差の争いが続いていたが、終盤のスパートで一気に後続との差を開いた。しかし、実力伯仲のプロが集う女子ツアー、過去には女王争いが最終戦までもつれる展開も多々あった。

記憶に新しいのは、2005年シーズンの不動裕理宮里藍だろう。最終戦を前にして、宮里が62万円差で2位の不動をリード。迎えた大一番だったが、宮里は米ツアーの予選会と重なったために欠場。 対する不動は2位に入り、逆転で6年連続の賞金女王を決めた。

また、1988年のツアー制度施行後、最終戦で賞金女王が決定した時の最小賞金額差は、1999年の533,312円(1989〜92年は女王決定日が不明のため除く)。この時は、村口史子が具玉姫を振り切っての大接戦だった。

最終戦で賞金女王が決定した年度は以下の通り
(ツアー制度施行後の1988年〜、1989〜92年は決定日が不明のため除く)

年度/1位/2位/賞金額差
■1988年/吉川なよ子/大迫たつ子/802,745円
■1994年/平瀬真由美/塩谷育代/4,006,342円
■1995年/塩谷育代/平瀬真由美/1,291,511円
■1996年/福嶋晃子原田香里/7,637,215円
■1999年/村口史子/具玉姫533,312円
■2001年/不動裕理肥後かおり/18,322,433円
■2002年/不動裕理藤井かすみ/13,043,815円
■2004年/不動裕理宮里藍/19,801,651円
■2005年/不動裕理宮里藍/8,083,037円

1988年以降、賞金女王と最終戦タイトルを手にしたのは4人
[2007年11月24日(土)]

2007年シーズンの賞金女王を獲得したのは上田桃子。それもツアー史上最年少という快挙というオマケつきだ。その上田だが、今週の最終戦でも2日目を終えて単独2位と最後まで好調を維持。首位とは差が離れているとはいえ、大逆転勝利の可能性は、まだまだ残されている。

当該シーズンの賞金女王が最終戦を制したのは、過去に5度(ツアー制度施行後1988年〜)で4人いる。直近では、2003年、2004年大会の2年連続で賞金女王と最終戦のタイトルを手にした不動裕理。2005年大会は2位に終わり、6年連続の賞金女王を獲得したものの大会史上初の3連覇は惜しくも逃している。

賞金女王と最終戦のタイトルを獲得した年度は以下の通り
(1988年〜ツアー制度施行後)
■1994年/平瀬真由美/JLPGA明治乳業カップ
■1995年/塩谷育代/JLPGA明治乳業カップ
■1997年/福嶋晃子/JLPGA明治乳業カップ
■2003年/不動裕理LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ
■2004年/不動裕理LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ

上田が大会史上6度目、5人目の両タイトル獲得者となれるのか!?

2003年から、再びギャラリーが1万人オーバー!
[2007年11月23日(金)]

ツアー制度施行後の1988年以降、今大会の最多ギャラリー数は1990年大会。
当時は3日間競技ながら千葉県で開催されていたというアクセスの良さも手伝い、25,827人を記録している。

会場を宮崎県に移した1993年大会以降を見ると、2004年大会の15,887人が最多。
この時は、賞金ランクトップの不動裕理を1,200万円差で宮里藍が追う状況で最終戦を迎え、宮里の逆転賞金女王の可能性が残されていた。結果的には不動が勝利を収め5年連続の賞金女王に輝いたが、3日目までは宮里が単独首位に立つなど、最後まで予断の許さない展開となっていた。

過去の総ギャラリー数は以下の通り(1988年以降)

■1988年/オークヒルズカントリークラブ千葉県)/16,449人
■1989年/オークヒルズカントリークラブ千葉県)/21,390人
1990年/オークヒルズカントリークラブ千葉県)/25,827人
■1991年/オークヒルズカントリークラブ千葉県)/24,098人
■1992年/オークヒルズカントリークラブ千葉県)/14,838人
■1993年/青島ゴルフ倶楽部宮崎県)/12,722人
■1994年/青島ゴルフ倶楽部宮崎県)/12,724人
■1995年/青島ゴルフ倶楽部宮崎県)/6,455人
■1996年/青島ゴルフ倶楽部宮崎県)/7,820人
■1997年/青島ゴルフ倶楽部宮崎県)/7,411人
■1998年/ハイビスカスゴルフクラブ宮崎県)/8,582人
■1999年/ハイビスカスゴルフクラブ宮崎県)/8,841人
■2000年/ハイビスカスゴルフクラブ宮崎県)/6,872人
■2001年/ハイビスカスゴルフクラブ宮崎県)/6,824人
■2002年/ハイビスカスゴルフクラブ宮崎県)/8,282人
■2003年/宮崎カントリークラブ宮崎県)/10,804人
2004年/宮崎カントリークラブ宮崎県)/15,887人
■2005年/宮崎カントリークラブ宮崎県)/13,426人
■2006年/宮崎カントリークラブ宮崎県)/12,721人

近年になり、再びギャラリー数が1万人オーバーを記録。
女子プロゴルフ人気の再燃が明らかに数字として現れている。

今年は、初日で1,900人、2日目で4,142人を記録。好天続きのために3日目、最終日も大勢のギャラリーが予想され、あと9,846人宮崎開催での最多ギャラリー数を更新する。その可能性は十分、かも!?

実力者揃いの最終戦で強さを見せ付けた、圧勝劇の数々
[2007年11月22日(木)]

充実したシーズンを送り、賞金ランキング上位に名を連ねたプレーヤーしか出場できない今大会だが、終わってみれば大差をつけての圧勝、なんていう展開もしばしば。
近年では、2位の宮里藍らに7打差をつける通算11アンダーで勝利した横峯さくら
7打差は1987年大会に森口祐子(通算8アンダー、2位は大迫たつ子。
当時は3日間競技)が記録して以来で、今大会のタイ記録だ。

7打差に次ぐのは5打差で、詳細は以下の通り。
■1982年/優勝者:ト阿玉(通算4アンダー)
■1983年/優勝者:ト阿玉(通算5アンダー)
■1986年/優勝者:大迫たつ子(通算11アンダー)
■2003年/優勝者:不動裕理(通算9アンダー)

なお、今季の最多差勝利は、「NEC軽井沢72ゴルフトーナメント」の7打差。勝者は通算17アンダーの福嶋晃子で、2位は小俣奈三香だった。

日本女子ツアーの記録は、1996年「伊藤園レディス」の15打差。
勝者は、海外招待選手として参戦していたイギリス出身の強豪、ローラ・デービースで、通算17アンダー。

優勝者には10年のシード権を獲得できる年もあった!
[2007年11月21日(水)]

当該年に好成績を残し、少数の実力者しか出場できない最終戦。
ツアー制度が施行された1988年以降、公式戦でもあるこのビッグトーナメントの優勝者には複数年のシード権が与えられてきた。
そのシード年数は、過去に幾度か変動しながら今に至っている。

■1987〜1988年(JLPGAレディーボーデンカップ)/5年シード
■1989年(JLPGAレディーボーデンカップ)/10年シード
■1990〜1999年(JLPGA明治乳業カップ)/5年シード
■2000年〜(JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ)/3年シード

1989年大会を制し、1999年までの10年シードを獲得したのは平瀬真由美。
その後、産休制度による出場資格を挟み、2005年まで16年連続でシード権を保持し続けた。

また、今年度大会の優勝者には、2008年の海外女子ツアー「全英リコー女子オープン」の出場資格が新たに付与。
賞金女王争いに海外メジャー出場資格が加わり、より見所が満載のトーナメントとなった。

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