・・・のようなもの
【2010年01月10日(日)】
昨日の記事に引き続き、大叩き男さんの 「天下の暴論」 から考えてみる。
読みようによっては、私の記事のほうが 「ゴルフ界の暴論」 となるかもしれないが、それはそれで良し。私の素直な考えだから、意見の垂れ流しとしておこう。
以前からの私の考えだが、私はあまり 「ゴルフ紳士」 的な考え方が好きではない。
これは大叩き男さんがゴルフ紳士 (かといってゴルフ野蛮人ではない) だと言ってるのではなく、私が感じる個人的な感情である。
「巨人軍は紳士たれ」 という考え方は好きだが、 「巨人軍は紳士である」 という一方的な考え方は嫌いだ。
この考え方は、猛烈なファンやアンチ巨人が巨人を批判する時に使う言葉であって、「巨人の選手のくせに」 みたいな使われ方をされる事が多い。
「巨人軍は紳士たれ」 という個人目標は素晴らしいと思うのだが、外部の人間がその言葉を批判的に使う事が嫌いなのだ。
これは、巨人OBが先輩として今の選手に使う事は許されるが、週刊誌とかが巨人批判に使う事は嫌いだという事である。
「ゴルフは紳士のスポーツ」 と評される事が多いが、私にとっては 「ゴルフは楽しいスポーツ」 である事が先に立つ。
ルールやマナーが重要な事を理解しているが、ルールやマナーがあって初めて成り立つスポーツなのかと言われたら、申し訳ないが私は他のゴルフ紳士の方とは違った意見を持つ。
それを 「ゴルフのようなもの」 と言われたら、その言葉を甘んじて受けるつもりだし、逆にゴルフのようなものも 「ゴルフだ」 と言い切ってしまおう。
私の中では、「ゴルフは高尚なスポーツか?」 という気持ちが強い。
ゴルフを大事に考えてる方を偉いとは思うのだが、ゴルフをゴルフ道として考えておられる方にはついていけない。
ルールやマナーを大事に思い、モラルの低下を嘆いているゴルフ紳士の方には悪いと思うが、申し訳ないが現在の低下を招いた原因には、過去のゴルファーの取り組みが不足してたのでは? という思いがある。
個人的にはゴルフ道を遵守したが、全体的にはマナーの低下を見過ごしてきた責任があるのでは? と思っているのだ。
現在の状況を無視する気持ちは無いが、因果というのがあるとすれば、過去の見過ごしが、現在のマナー低下に結びついてるとしか言いようがあるまい。
だからこそ大叩き男さんの 「天下の暴論」 には賛成できるが、大手を振ってフェアウェイを歩けないなあと反省する自分がいる。
野球にプロ野球と草野球があるように、「ゴルフ」 と 「ゴルフのようなもの」 が共存できないだろうか?
草野球を野球ではないと批判する人がいないように、「ゴルフのようなもの」 をゴルフではないと批判しない世の中にならないだろうか?
9回までやるのが野球だとしたら、2時間貸切のグランドでやる草野球は、野球ではないのだろうか?
もし2時間貸切の草野球は野球ではなく、ルールやマナーを守らないゴルフもゴルフではないと言う人ばかりだとしたら、私は 「ゴルフのようなもの」 で充分だし、「ゴルフ」 なんて物に付き合うつもりも無い。
正直な気持ちとしては、ゴルフのマナーなんて、一般的なマナーと変わらないではないか? と思う。
TPOをわきまえた服装、周囲への気配り、後続の組への配慮。この全てが一般的なマナーである。
しかし堅苦しくない服装でと言われ、本当にカジュアルな格好で式典に出た大阪の知事がいるように、そして電車の中で大騒ぎをする家族がいるように、さらに自分の荷物を座席に置いて他の人が座れなくする乗客がいるように、一般的なマナー自体が崩れている。
そんな中で、ゴルフだけが何もしないでマナーを守れると思うだろうか?
繰り返すようだが、だからこそ大叩き男さんの 「天下の暴論」 に賛成するのだ。自分への戒めとするために。
そして、だからこそ思うのだ。「ゴルフのようなもの」 を楽しむ気持ちを持ちたいと。「ゴルフ」 までなかなか昇華できない自分のために。
自分のブログの雰囲気に合わない記事を書かれた大叩き男さんには、私は先輩ゴルファーとして敬意を感じる。
雰囲気に合わないとは言ったが、ゴルフを大事に考えている大叩き男さんの今までの記事を読み返せば、実はニュアンスが異なるだけで、同じことを言い続けてきたと私は思う。
では、なぜ目くじらを立てて私がホザいてるのかと言えば、コメントの中に 「輩」 という言葉を見つけたからだ。
守れてない人に向かって 「輩」 という精神こそが、私が思う 「ゴルフ紳士」 だと思うし、そのような傲慢な気持ちを持たないとゴルファーを名乗れないのならば、そんなら 「ゴルフ」 なんて御免こうむる。
ゴルフは徳育に効果があると言うが、もし 「ゴルフ紳士」 しか生み出せないのならば、これっぽっちも徳育に効果があると言えないだろう。
なぜなら初心者や間違った道に進む者を、「輩」 と称して切り捨ててるのだから。
たかだかゴルフは、穴に石を入れるところから始まった遊びだ。
その遊びを、大人数でプレーするところからマナーが生まれ、ルールが生まれただけの物だ。
それならルールやマナーに疎い者を、「輩」 と称して切り捨てるのではなく導く必要があるだろう。
「輩」 の代表として、ルールやマナーを学ぶ気持ちはある。
しかし 「輩」 と蔑む人にはなりたくない。それが正直な気持ちだ。
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下手ゴルファー 負けるな輩 ここにあり
読みようによっては、私の記事のほうが 「ゴルフ界の暴論」 となるかもしれないが、それはそれで良し。私の素直な考えだから、意見の垂れ流しとしておこう。
以前からの私の考えだが、私はあまり 「ゴルフ紳士」 的な考え方が好きではない。
これは大叩き男さんがゴルフ紳士 (かといってゴルフ野蛮人ではない) だと言ってるのではなく、私が感じる個人的な感情である。
「巨人軍は紳士たれ」 という考え方は好きだが、 「巨人軍は紳士である」 という一方的な考え方は嫌いだ。
この考え方は、猛烈なファンやアンチ巨人が巨人を批判する時に使う言葉であって、「巨人の選手のくせに」 みたいな使われ方をされる事が多い。
「巨人軍は紳士たれ」 という個人目標は素晴らしいと思うのだが、外部の人間がその言葉を批判的に使う事が嫌いなのだ。
これは、巨人OBが先輩として今の選手に使う事は許されるが、週刊誌とかが巨人批判に使う事は嫌いだという事である。
「ゴルフは紳士のスポーツ」 と評される事が多いが、私にとっては 「ゴルフは楽しいスポーツ」 である事が先に立つ。
ルールやマナーが重要な事を理解しているが、ルールやマナーがあって初めて成り立つスポーツなのかと言われたら、申し訳ないが私は他のゴルフ紳士の方とは違った意見を持つ。
それを 「ゴルフのようなもの」 と言われたら、その言葉を甘んじて受けるつもりだし、逆にゴルフのようなものも 「ゴルフだ」 と言い切ってしまおう。
私の中では、「ゴルフは高尚なスポーツか?」 という気持ちが強い。
ゴルフを大事に考えてる方を偉いとは思うのだが、ゴルフをゴルフ道として考えておられる方にはついていけない。
ルールやマナーを大事に思い、モラルの低下を嘆いているゴルフ紳士の方には悪いと思うが、申し訳ないが現在の低下を招いた原因には、過去のゴルファーの取り組みが不足してたのでは? という思いがある。
個人的にはゴルフ道を遵守したが、全体的にはマナーの低下を見過ごしてきた責任があるのでは? と思っているのだ。
現在の状況を無視する気持ちは無いが、因果というのがあるとすれば、過去の見過ごしが、現在のマナー低下に結びついてるとしか言いようがあるまい。
だからこそ大叩き男さんの 「天下の暴論」 には賛成できるが、大手を振ってフェアウェイを歩けないなあと反省する自分がいる。
野球にプロ野球と草野球があるように、「ゴルフ」 と 「ゴルフのようなもの」 が共存できないだろうか?
草野球を野球ではないと批判する人がいないように、「ゴルフのようなもの」 をゴルフではないと批判しない世の中にならないだろうか?
9回までやるのが野球だとしたら、2時間貸切のグランドでやる草野球は、野球ではないのだろうか?
もし2時間貸切の草野球は野球ではなく、ルールやマナーを守らないゴルフもゴルフではないと言う人ばかりだとしたら、私は 「ゴルフのようなもの」 で充分だし、「ゴルフ」 なんて物に付き合うつもりも無い。
正直な気持ちとしては、ゴルフのマナーなんて、一般的なマナーと変わらないではないか? と思う。
TPOをわきまえた服装、周囲への気配り、後続の組への配慮。この全てが一般的なマナーである。
しかし堅苦しくない服装でと言われ、本当にカジュアルな格好で式典に出た大阪の知事がいるように、そして電車の中で大騒ぎをする家族がいるように、さらに自分の荷物を座席に置いて他の人が座れなくする乗客がいるように、一般的なマナー自体が崩れている。
そんな中で、ゴルフだけが何もしないでマナーを守れると思うだろうか?
繰り返すようだが、だからこそ大叩き男さんの 「天下の暴論」 に賛成するのだ。自分への戒めとするために。
そして、だからこそ思うのだ。「ゴルフのようなもの」 を楽しむ気持ちを持ちたいと。「ゴルフ」 までなかなか昇華できない自分のために。
自分のブログの雰囲気に合わない記事を書かれた大叩き男さんには、私は先輩ゴルファーとして敬意を感じる。
雰囲気に合わないとは言ったが、ゴルフを大事に考えている大叩き男さんの今までの記事を読み返せば、実はニュアンスが異なるだけで、同じことを言い続けてきたと私は思う。
では、なぜ目くじらを立てて私がホザいてるのかと言えば、コメントの中に 「輩」 という言葉を見つけたからだ。
守れてない人に向かって 「輩」 という精神こそが、私が思う 「ゴルフ紳士」 だと思うし、そのような傲慢な気持ちを持たないとゴルファーを名乗れないのならば、そんなら 「ゴルフ」 なんて御免こうむる。
ゴルフは徳育に効果があると言うが、もし 「ゴルフ紳士」 しか生み出せないのならば、これっぽっちも徳育に効果があると言えないだろう。
なぜなら初心者や間違った道に進む者を、「輩」 と称して切り捨ててるのだから。
たかだかゴルフは、穴に石を入れるところから始まった遊びだ。
その遊びを、大人数でプレーするところからマナーが生まれ、ルールが生まれただけの物だ。
それならルールやマナーに疎い者を、「輩」 と称して切り捨てるのではなく導く必要があるだろう。
「輩」 の代表として、ルールやマナーを学ぶ気持ちはある。
しかし 「輩」 と蔑む人にはなりたくない。それが正直な気持ちだ。
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下手ゴルファー 負けるな輩 ここにあり
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になることが無いよう願っています。




