生い立ち
| 19?0年代 | 演劇にはまり、中学、高校、大学と演劇部に所属。大学卒業後、舞台女優を目指して某劇団の研修生となる。この時の同級生に高田純次、イッセー尾形、萩原流行、ベンガルなどがいた。ゴルフとはまったく無縁の青春。 |
| 19?7年頃 | 舞台女優には挫折し、普通の会社勤めではない何かを探して、出版社を受験。しかし、軒並み落ちる。とある小さな編集プロダクションに潜り込む。そこの先輩にゴルフ好きがいて、27歳の時初めて練習場でボールを打つ。
ボールは全然当たらず、慣れないスイングの動きが嫌で、すぐやめようと思う。 |
| 19?8年頃 | しかし、ゴルフ好きの先輩が熱心に誘うので、とりあえずは茨城県のゴルフ場で初ラウンド。ティーショットは5回空振り。空振りする毎に服を1枚ずつ脱ぐんだよなどど、からかわれる。
結果は散々だったが、なぜかゴルフが好きになる。以後、女の子(当時 今はオバさんだが)がいた方がいい、という理由だけでゴルフに誘われ、なんとか迷惑のかからないレベルでラウンドするようになる。 |
| 1996年まで | 某雑誌の副編集長などをつとめ、仕事にどっぷりつかる。ゴルフは年に2-3回の頻度になり忘却の彼方。もうやめてもいいやと思っていた矢先に・・・。
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| 1996年 | 先の雑誌はバブル崩壊の影響を受けて廃刊となり、福祉関係の新聞の編集者兼記者をやる。その仕事で日本障害者ゴルフ連盟(当時の名称)を取材。トーナメントを開催できるゴルフ場がないことを知り驚く。人手が足りないらしいのでほんのお手伝いのつもりで、第1回日本障害者オープンゴルフ選手権の運営に関わる。
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| 1996年〜 | なぜかそのまま抜けられなくなり、現在に至る。
障害者ゴルファーに刺激と感動を受けて、少しは身を入れて練習をし、なんとか100は切れる(こともある)ようになる。 |
| 2007年 | このままでは、墓場に足を突っ込んだときに後悔するのも嫌だと思い、もっと巧くなろうと決心。毎日最低30分はクラブを握るように鋭意努力。三日坊主に終わることを恐れながら頑張っている。
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