もうひとつの大仕事
[2010年10月29日(金)]

選手の皆さんがフェアウェイでデッドヒートを演じる舞台裏で、私はひとつの大仕事を抱えていた。
日本障害者オープンゴルフ選手権に海外から参加してきた各国の代表者と世界の障害者ゴルフ、パラリンピック、今後の展開などについて話し合うミーティングを企画したのだ。
出席者はアメリカNAGA(切断者ゴルフ協会)代表のBob Wilson氏、EDGA(ヨーロッパ障害者ゴルフ協会)事務局長のPieter van Duijn氏、オーストラリアのGeoff Nicolas氏、DPGA(大韓民国障害者ゴルフ協会)会長のKim Kwang-sung氏とソウル障害者ゴルフ協会会長のShin Jon-ho氏、そしてDGAの佐藤成定代表理事と私である。
ミーティングは初日の試合終了後、真名CCゲーリープレーヤーコースクラブハウスのレストランで行った。
本当は16時から開催の予定がプレーが長引いたため17時過ぎからの開催。レストランがクローズする18時半まで1時間半に亘って熱心なディスカッションが行われた。
2016年リオで開催のパラリンピックエントリーを中心になって進めてきたピーターとその朝簡単な打ち合わせをした。司会を任せようとするとピーターが「シュガーがやるんだぞ」と言う。
私の英語は決して流暢ではなく度胸で話すナンチャッテ英語である。ちょっとビビっていると「私が助けるから大丈夫」とピーターに背中を押された。
というわけで、たどたどしい私のあいさつと会議のテーマの説明で幕を開けたミーティング。実際には始まるとみんながどんどん話し出し、司会は時々まとめを入れるくらいで済んでほっとした。
初参加の韓国の自己紹介と活動報告に始まり、話題はどんどん展開。世界の障害者ゴルフトーナメントの時期を調整して重ならないようにする話から、同じ地域のトーナメントを同時期にややずらして行いツアーを組んで数試合に参加する計画をたてようというプラン・・・はたまた世界選手権開催の話などなど、アトランダムに話は進んでいった。
ピーターからはパラリンピックへのエントリーの過程と正式競技になるかどうかの発表の時期、可能性などの報告があった。
パラリンピックの競技法やルールのことにも話が進みそうであったが、正式競技に決まればIPC(国際パラリンピック委員会)の意向も加味しなければならないため、しばらくは様子を見ようということに。
最後にこのミーティングは非公式とはいえ世界で初めての障害者ゴルフミーティングなので、まずは参加者全員がお互いを知り、「共に歩む」(get together)ことを確認することでみんなで心を合わせた。
パラリンピックの正式競技に決定したらしたで、様々なことを決定しなくてはならず、混乱も予想される。そんな時でもこの小さなミーティングでメンバーが結束したことを忘れないでいたいと思う。
なお、このミーティングではバイリンガルインストラクターのcozakstarさんが佐藤代表の同時通訳としてお手伝いをしてくれた。cozakさんありがとう。
試合が終わった27日の朝、京都へ旅立っていくPieter夫妻と朝食を共にした。その席では「まんいち、パラリンピックの正式競技にならなかった場合も、毎年どこかの国で世界選手権を開催し、パラリンピックへの活動を続けよう」と話し合った。
次にこのメンバーと再会するのは来年スウェーデンで開催される初めての世界選手権=国際カンファレンス、チーム戦とエリートゴルファーによる個人戦の会場であると思う。
その時までみんなが健康で再び舌戦を交えることができますように・・・。

クラス分けで血圧を測るボブ・ウイルソン氏。

佐藤代表に絵を贈るオーストラリアのブラッド・ハードマン

海外選手の朝食風景






」と震えながらただひたすら下手な英語をしゃべっていた。










