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雪国出身超一流スキーヤー

【2011年02月04日(金)】

今シーズンのスキーの初滑りは志賀高原夜間瀬スキー場で、北海道真狩村出身の演歌歌手、細川たかしさんとでした。

(写真は許可済み!ブルズの赤いジャンバーウェアー・渋い!滑りも猛牛?)

日本人で世界の第一シード(15人)に初めて入った海和俊宏さんのスクールに、細川さんがお邪魔していたみたいで、
そこにひょんなことで行く事になった。

(カイワさんのホテル・私のリンク集に貼り付けてあるので覗いて見て下さいね。
光栄にもカイワさんのリンク集にも私のブログが貼り付けてあります)


初滑りが細川さんとで、これまたヨマセスキー場のいい斜面の一枚バーン。

細川さんとはゴルフをした事があるので、ゴルフのプレースタイルから想像すると、感性豊かな個性的な滑りをするんだろうな〜?と思っていてた。

ところがどっこい、急斜面を華麗な滑りで、ノンストップで下の見えないところまで行ってしまった。

んっ?
何かが違うぞ!
そんなハズはない!
今度はその後ろにビタッとついて滑ってスキー操作を確認してみた。

正指導員の私が後ろにいるのをよそに、ドンドン引き離していく。
ワックスはかけてこなかったが、明らかにスキー板の走らせかたが違う。

おまけに全然止まらない。
下に行ったときには私の息はあがりまくり!

率直に、「細川さん、滑りにやられました」と私の気持ちを伝えた。

それに対して、ニヤリ!


雪国出身の人にはやっぱり勝てないのか?

いや、滑りの綺麗さでも負けてる


細川さんに聞いてみると、
「パラレルは渡辺一樹に、ショートターンは海和に教わって、ナイターまでよく練習したからね」だって!

一樹さんといえば、日本の技術選で何回も総合優勝したデモンストレーター!
その上、ショートターンはスラロームの第一人者海和さん。

豪華すぎる。
私のなかでは、ビデオの中の存在!
何回、この2人の滑りを見たことか?

それに教わっているなんて・・!

だけどいくら教わっているからといって、60歳で違う業界の人。
何故?あんなにうまいんだ!?
完敗だ。


海和さんと細川さんは昔から付き合いがあるらしく、志賀高原夜間瀬スキー場で年に一回、協力し合ってスキー界を盛り上げていく為にジュニア大会を行っている。

その貢献がNPO法人に認められ、今年も2月13日(日)にヨマセスキー場で大々的にスキージュニア大会が開かれる。

皆さんも足を運んでみては・・・?

ヨマセの社長、いいバーンコンディション頼みますね〜〜!

Tシャツのデザインは、どうやら元ジャニーズの中村繁之さんらしいですよ。

みんないろいろな才能ありますよね〜〜!

夜間瀬からの夜景は癒される!

太陽熱

【2011年02月03日(木)】
更新するのが疎かになっています。

シーズンオフでネタがなくて更新ができないのではなく、ありすぎて追いつきません。


現状は、私の真の姿、長野県菅平にあるスキースクールにインストラクターとしてお手伝いに来ています。


「今日は朝から寒いな〜」と、仲間同士話をしていたところ、
夕方の地方テレビニュースみてビックリ

「今日は全国的に寒い一日になり、長野県菅平高原では朝方、マイナス25.1℃を記録し、今シーズン一番の冷え込みになりました」・・・・だって

朝から天気が良く、太陽の日差しを浴びながらレッスンしていたからあまり寒さを感じなかったけど、
これが吹雪きだったら・・・?と考えるとゾッとする!

今日もテンションを上げて、ゴルフ場では有り得ない声を張り上げてレッスンする私がいる。

太陽の恵みは嬉しく暖かい。

お天道様も私の仕事ぶりを見て、この素晴らしいインストラクターを後押ししている。



後光!

地元のタウンニュース

【2011年01月19日(水)】
1月13日(木)
地元タウンニュースにとある人物が紹介された。


しかも一面のほぼ半分を使って・・・。


その人物は・・・・、私、た・わ・し!



広告の件でタウンニュースに問い合わせしたところ、こんなキャディが地元にいると気が付いてくれたみたいで
取材をしてくれた。

タウンニュース社は、地元秦野市が始まりで県内に広がり、今では市民の重要な情報源になっている。

この記事が載ったときは近所のご両親から幼稚園時代の友人まで、幅広い知り合いの人達から連絡を頂いた。

それだけタウンニュースが、私達市民に根強い人気があるということを改めて知ることになった。

私は昔から国語は苦手なほうで、宿題作文というと濁点や段落がえで指定枚数にしていた。
そんな私が高校生徒会新聞を作る事になった時に、この一枚に文章を収める難しさを知った。

今回の掲載は1時間ぐらい話したことが簡略的に、尚且つ、興味深くまとまっている事に感動を覚えた。

もし読みたい方は、「タウンニュース 秦野版 1月13日」とかで検索してみてくださいね。

各業界、その道で米を食っている人は、流石ですよね〜〜。


私も今年はブログガンガン書いて、文章力をあげないと〜。
今年の私のブログは要注意ですよ。
毎日5回の更新! ということもあるかもです。

  

ナイナイ!

我が母校の駅伝ストーリー

【2011年01月07日(金)】
あけましておめでとうございます

我が母校東洋大学箱根駅伝往路優勝、21秒差の総合2位

一区間あたり2秒の差。
この秒数って何?
11時間も走って・・・?

年末の第22回全国高校女子駅伝
我が母校・神奈川県立秦野高校10位

秦野高校がゴールする瞬間解説者が、
「十分、入賞する力がありました。残念です」

第1回全国高校女子駅伝が開かれた時、
我が同級生が私立でもなんでもない県立高校なのに、神奈川代表の切符を掴んだ
我が母校・秦野高校は100年以上の歴史を持ち、地元では文武両道で有名である(時々東大合格者だ出ることも?私は東(洋)大)

当時、強豪集まる花の第1区を走った小幡佳代子さん、全国に混じって9位でタスキを繋いだ。
(最終順位11位)
やっぱり強豪校しか注目を浴びないようになってしまうが、その後の努力で国際大会に代表で走る選手までになった。
世界陸上では日本代表チームで金メダル

大阪女子国際ではヌデレバと競り合って、見事2位になるまでの成長を見せた。
なんといってもすごいのが、フルマラソンを26回も走って途中棄権なし
我が秦野高校の真面目な校風を示すかのようだった。(私たわしを含む!?)

私のマラソンへの興味は晴れて高校受験に受かり、初めての担任になったのが、
1500メートルの日本記録を保持している石井隆士先生だった。
この記録は、日本のトラック競技の中でもっとも長い間破られていない記録でもあり有名だった。
10クラスあるうちの2つが男子クラスで、その一つの私のクラスだけが遅刻が累積すると有無も言わせず陸上部と朝練。
それを避ける為に毎日正門まで走った。
まずそこで私の体力は鍛えられた。

そして3年の秋。

生徒会副会長だった私と仲間で、「文化祭の収益金を何かに使おう」という事で、
器械体操部でもあった私の案で、オリンピック鉄棒で金メダルを取ったばかりの森末慎二さんに講演会をしてもらおうという事になった。

ここで終わらないのが友人だけで集まったミーハーな生徒会。

当時、6時からのニュース番組で、
「南ちゃんを探せ〜〜」というスポーツ少女を紹介する森末さんのコーナーがあった。
それと絡めて秦高女子駅伝メンバーをだしてもらおうという案がでた。

早速わけもわからずダメもとでテレビ局に直接電話。

無理な企画に門前払いを受けるだろうと予想していた。

しかし講演会の案も通った上に、「南ちゃんを探せ」のコーナーにも出演決定。

しかもあちらからの提案で、
「記念すべき400回放送で、いつもは一人のところをイッキに4人出しましょう」と言ってくれた。

その駅伝のメンバー4人、これまた皆性格が良く、まったくスレテいないかわいい子揃い。

テレビ局側と生徒会の意見がガッチリハマッタときでもあった。
もう友人で結成されている生徒会室は大盛り上がり。
カメラの前で全校生徒を校庭に集めて、「みなみちゃんをさがせ〜〜!」と叫ぼうぜ!
妄想は膨らむ一方。

講演会当日。
テレビ局の車とカメラマンが来た。

しかし、テレビスタッフには引き上げてもらい、森末さんの講演会だけが行われた。


前日、体育教官室で陸上部顧問の石井隆士先生に、

「大事な大会前なのに選手に動揺を与えるようなことをするな!テレビになんか出させないぞ!」

食い下がった私達に傾ける耳を持たずに校庭に出ていった。


当時は折角みんなで通した企画、それを一言で流されたことは辛く悲しすぎる出来事だった。


今の高校陸上部顧問は、その時に私達の男子クラスに来ていた教育実習の先生が教え、全国大会に導いている。

去年まで現役で走っていた小幡佳代子さんは引退し、
所属していたアコム陸上部も廃部になってしまった。
(アコムは倉本プロが「59」の記録を出して優勝した試合でもある。不思議な繋がりだ)

去年の3月、その引退パーティが開かれ出席した。

(なぜか正装が妙に浮く小幡さん。ランニングウェア登場だったら面白かったのに)

そこではあの懐かしの石井隆士先生もいた。


寄せ書きに、先生らしい言葉を書いていたので、
先生に教わった人達に伝えたいと思う。


「君の笑顔からたくさんの勇気をもらい
 君の姿からたくさんの力をもらい
 君の走りから大きい強さをもらい
 君の粘りから多くの事を学びました
 ありがとう お疲れさま
               石井隆士」

教育者らしいお言葉。
決して私には思いつきもしない文句だ。

私も今年はくだらない事を書いているブログではなく、私のキャディから多くの迷文句・・・、早速違った!  名文句を残すように書き続けるぞ!


業界初?の男子・女子・シニアツアー優勝経験キャディゴールではなく、
また新たなスタートとしてヤードの足し算引き算を間違わないよう、小学校に入学した気持ちで頑張るぞ!

(小幡佳代子さんの大阪女子マラソンのゴールシーン)

小幡さん、またスタートラインでね!

優勝の18番(倉本昌弘プロ編)

【2010年12月23日(木)】
11月28日(日)
ハンダ カップ シニアマスターズ (おおむらさきCC)

倉本プロは最終戦でも見事優勝

この模様は、12月23日(木)テレビ東京系で昼の12時から1時25分まで放送されるので、見ている人に臨場感を与えるためにこのタイミングで書いてみることにした。
(日本シニアオープンの優勝の18番も、いつかは公開しようかと考えてます)


16番ホールボギー、17番ホールベタピンバーディを取って2位と3打差で迎えた18番ティグラウンド

私は15番ティーグラウンドで倉本プロから突然、あることを言われていた。

「たわしー、18番ティーショット終わったら、(長袖の)セーター渡してくれ!」

私は、なんでこのタイミングで???と思いながら、「はい!」と歯切れの良い口調でさらっと返事する。

もうだんだん日暮れになってきて、18番ホールに行くころには肌寒くなってくることを予想して言った注文なのか、はたまた、スポンサー思いのブラック&ホワイトが目立つセーターにする為なのかはわからない。
以前、倉本プロが全英オープンで日本人最高位の4位になったときも、18番でサッとロゴの大きいウェアーに着替えたという噂は聞いたことはあるが・・・。

いずれにせよ、この試合、初めてもらったプロからの注文らしい注文。

忘れるわけにはいかない。

こういうときは書き留めておく事に限る!

ヤードエージブックを15番ホールから18番ホールにめくり、距離を書き込むところに予め書いておくことにした。

「セーターを渡す」



と歩きながら走り書きで書くつもりが・・・、


「セーターを渡」  まで書いたら・・・、


勢いあまって、

「セーターを渡辺」

と書き出している自分がいた。


慌ててその事に気づき、シンニョウを抜いた「刀」まで書いた上に、無理矢理平仮名の「す」でかき消した。

(これはノンフィクションです)
(なんか「す」が怪しい)


自分で、
「なんだよ〜、セーター渡辺って?」
「だけど俺の名字からいって、渡 まで書いたら次は、 辺 しかいつも書かないよ〜」と、

ひとり突っ込みをしながら苦笑いを浮かべた。

ティーショットに向かったときにキャディバックからサッと出した。

これで私の役目は終わったようにもさえ感じた。


ティーグランドのマーカーはいつもより30ヤードくらい前に出ていて、右にボールが出た瞬間、
「やっちゃったー! 右の山に抜けちゃったかな〜?右、何かあった?」

「何もないです。いや〜、あのラインだったら大丈夫だと思うんですけど〜」


セカンド地点に行ってみると、フェアーウェイを少し抜けた芝の先端が揃えられたラフにすっぽりとボールが沈んでいた。

そこに競技員の方がいて、
海外のメディアがカートでこの近くを通って、ボールを踏んだ可能性があるので確認してください」という。

あとで知ったのだが、この競技員の方は私が日本プロで初優勝した時(久保谷健一プロ)、プレーオフに向かうカートを運転していてくれた縁起のいい競技委員だった。

「たわしー、何ヤード打ったらいい?」


たいていのプロは、嫌な距離を残さないとか、サンドウェッジでフルショットできる距離を残すように言ってくれ!とか頼まれるが、倉本プロはピンを狙えるアングルを重要視するだけで、中途半端な距離が残っても、ボールを転がしたり止めたりしてコントロールしてしまうのであまり関係ない。

なので、このロケーションであのピンの位置、そしてこの打数の差、
とりあえず確立からいって凄く少ないが、池に入らない距離を言っておいた。

するとプロは例のごとく、あっさりと打ってしまった。

しかも低いラインを出した良く転がりそうな安全な球筋で・・・。

このライやローケーションにもっとも相応しい球筋だったに違いない。


サード地点。

これまた中途半端な距離。
(キャディ的にです)

近くに距離の目安のスプリンクラーがあったが、大きなグリーンでピンが右に振られたアングルを考えると、少し微妙。

時間もある事だし、くだらない見間違い計算違いしない為にも歩測することにした。


駆け足で戻りながらヤードを伝えると、これまたあっという間に打ってしまう。


最後の3メートルぐらいのパット。

今日は前半からパットのタイミングが少し早く、時折強めにヒットしてしまうことがあった。

しかし最後のパットは、なんでこの場面にでできるの?というくらいストロークもゆっくりで、ちょっと弱いかな?と思いきや、転がりよくカップに吸い込まれた。

バーディフィニィッシュ!

4打差、17アンダー!
ぶっちぎり!


また周りの人やメディアがいう、倉本プロの勝ち方を見れた。

これはいつも一打差を競って優勝してきた私の感覚に、また新たな勝ち方を18ホール通して間近でみれたのは大きな財産だ。


ゴルフって、競って勝つのも絵になるけど、テレビ中継されないとこで流れをつかんでいくスマートさ。
いつかはテレビ局もここのエリアがわかってきてくれて、プレーヤーのよりよいゴルフを視聴者につたえてくれたら・・・?と私は考える。

やっぱりスポーツは生!
ゴルフもやっぱり、


この皆でとった笑顔の写真が、最終日全国各地、いや、世界中から集まった応援団。

名前は出すと問題になってしまうかもしれないので、軽く紹介しておきます。
ゴルフ場支配人息子でティーチングプロ・アメリカから駆けつけたマージーさんのお姉さんと親戚・
学生時代からのプロの側近中の側近・お食事&ゴルフ仲間夫妻・アイデアマン兼便利屋・
スーパークレーマー元トレーナー・スーパー見る目がある酒豪コーチ・陰ながらのような表の熱烈ファン夫妻と女性・
気はやさしいがこわもてスーパー料理人。

みんなと生で喜びをわかち合えた。


全世界の倉本プロのファンの皆さん、今年1年、本当にありがとうございました。


私も優勝が決まってグリーン上でプロと握手をし、やっとシーズンが終わったのでその気持ちを伝えた。
「一年間、ありがとうございました。来年も宜しくお願いします」と・・・。


それに対する倉本プロの返答は・・・・、



「たわし、次は3ツアーズだ!」

だって・・・。
あれって、チャリティイベントじゃないの・・・?



プロってなんどきも勝負事には貪欲なのね・・・。

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プロフィール

渡辺宏之
あだ名:たわし


1971年6月21日生
神奈川県秦野市出身
血液型:O型
東洋大学卒業後、学生時代からしていたスキーインストラクター、ライフセイバー、 キャディなどのシーズンアルバイトをしながら日々の生活を送る。

小・中学校の同級生久保谷健一がプロになったのがきっかけで、1998年頃、アルバイトキャディからツアーキャディに転身。 2002年、久保谷プロとともに日本プロのメジャーを含む二週連続プレーオフ優勝を経験。2003年には、アメリカツアーの予選会を突破した久保谷プロとともに、1年間アメリカツアーに本格参戦。

また、2005年には、服部道子プロのキャディとして女子ツアーの優勝を経験。

2005年末から07年まで、倉本昌弘プロのキャディとして、アメリカチャンピオンズツアーに参戦。 08年は日本に戻り、女子ツアーを中心にキャディ活動。 8月には、男子ツアーで日本一タフと言われる・名門小樽CCで谷口拓也プロ、2週後の大箱根CCでは、大雨の中、賞金女王になった古閑美保プロのキャディバックを担ぎ、月間2勝をあげた。 2009年の夏も、諸見里しのぶプロで優勝。
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