生い立ち
| 麻布高校→東京大学→電通という「いかにも」なコースを歩む。
東大ではゴルフ部に所属。いちおうレギュラーだったものの、平均ストローク81点台と、腕前はイマイチで主な戦績なし。 電通では集英社、角川書店などを担当。ブイブイ言わせる。(意味不明) | |
| このままではダメになると電通を退社。父の経営する会社で働く。建材商社だったため、仕事場は主に工事現場。そこには「どうしたら今日のお酒が美味しく飲めるか」というのが人生のテーマな人たちがたくさんいて、けっこう自分に合っていると思ったりする。
一方、ゼネコンの資材購買部では人間扱いされず、おかげで、それまでに構築されていた自意識過剰がきれいさっぱり消え去り、非常に楽な状態になる。 | |
| 28歳でゴルフトゥデイの編集長になりました。当時はまったく売れておらず休刊寸前。しかもほとんど素人に毛が生えた状態での就任。
年上ばっかりの編集部員たちの憎悪を含んだ視線に気付かないフリをしつつ、ノリと勢いだけで建て直し、10万部を突破しそうになったところで家庭が崩壊していたことに気付く。あわてて「これ以上はできましぇん」と編集長業を卒業したが、結局家庭は元に戻らなかった(涙)。 というわけでバツイチです。 その後は小学生時代の計画通り、小説を書いて生きていこうとしたものの、筆はどんどんスポーツな方向へと向かい、気がついてみればゴルフライター界の中御所になっていた。 というわけで、こうなったら大御所になろうと、切磋琢磨中であります。 |



